第247話 お魚さん(ピチピチ

 ホクトは北にあるだけあり、建物はトウヤより頑丈で、隙間なく作られている。屋根は藁葺きが多く、所謂合掌造りになっている。


 この地の特産品は絹織物。

 合掌造りの民家では養(よう)蚕(さん)も営まれている。

 一年の半分は畑仕事で稼ぎ、残る半分を養蚕業で稼ぐのだ。

 冬は深い雪で覆われるこの地ならではの職業形態と言える。


 だがその合掌造りの家も、いまでは魔物が巣くってしまっている。壁には穴が開けられ、物は食い荒らされている。この様子だと蚕も食べられてしまっているかもしれない。


 幸いなのは、対人戦争と違って火が放たれていないことだろう。

 壁が壊され蚕が食べられても、柱が無事かどうかで修繕費用がまるで変わってくる。


 とはいえ中に暮らす人がいなければ、お金の不安など無駄なのだが……。


 そこかしこにある血の溜まりを眺め、魔物の食べ残しを見て顔をそらす。

 眺めれば、悲惨な状態が嫌でも見えてくる。

 それに捕らわれ悼むよりも、ここを乗っ取った張本人を叩き潰すのが先だ。


「モブ男さん。なるべく建物を壊さないようにお願いします」

「了解!」

「マギカ。あとから武士が来るから、全部倒さなくていいよ」

「ん」


 目に見える魔物を出来うる限り、迅速に駆除しながらアルトたちは街の中央にある城へと向かっていく。


 おそらく大将がいるとすれば、そこだろう。


 城は基礎が石垣の3階立て。見た目は弘前城に近いか。塹壕に掛けられた橋を進み、櫓に気をつけながら天守閣を目指す。


 正面入り口に、総司令官の部下なのだろう、オークが5匹が守りを固めていた。

 それを素早く〈グレイブ〉に収納。


「師匠って、案外手が早いんだな」

「私の、獲物……」


 ……2人には悪いことをした。

 今度はちゃんとお裾分けしてあげよう。


「――ん」


 入り口に入る瞬間、マギカの耳がせわしなく動き出した。

 彼女の反応を見て〈気配察知〉を拡大。

 すぐにその理由をアルトも掴む。


「この気配は……」


 間違いない。

 ハンナを助けるときに現われた、善魔のものだ!


「二人とも、どうした?」


 唯一善魔との戦闘経験がないリオンが、2人の異様な変化にオロオロする。


「気をつけてください。これから現われる敵は、まず間違いなく強いですから」

「ど、どれくらい?」

「……シズカさんを想定して戦った方が良いと思われます」

「うげ……」


 それだけで十分強さが伝わったのだろう。

 それまで緩んでいたリオンの顔が、一瞬にして引き締まる。

 若干怯えが見えるが、一度剣を交えればちゃんと動けるようになるだろう。


 しかし……。

 アルトは短剣の束に手を沿わせたまま、天守閣を見上げる。


 中で戦うのは少々分が悪い。

 相手は問答無用で力を振るうが、こちらは――少なくともアルトはこの城をなるべく傷つけずに戦いたい。

 それが互いの差となり、勝敗に繋がるだろう。


 さてどうおびき寄せたものか。

 ……いや、考えるまでもないか。


「モブ男さん。天守閣に向けて〈挑発〉を使って頂けますか? 範囲は狭く。出来るだけ強く」

「この俺様が調節が出来ると思ってんのか?」

「……聞いた僕が間違いでした」


 大雑把を人間にしたような奴である。

 ……正確には人間ではなくヴァンプだが。


 仕方ない。狙った獲物以外が連れたらこちらでフォローしよう。


「行くぜ! これが勇者の全力全開!!」


 謎の台詞を口にして、リオンが全身から気を放出した。


 瞬間――、


 堀から大量の魚が飛び上がった。


 ピチピチ。

 ビチビチビチ……。


「…………今日の夕ご飯はコイだな!」

「誰が魚を釣れと?」


 これがリオンの本気。

 …………さすがだ。


「まあ待て! 俺は悪くない! ただちょっとお魚さんが反応しただ――」

「リオン――!!」


 言うより早く、リオンは真上に盾を掲げた。

 それはおそらく条件反射だったはずだ。


 瞬間、

 空から落下する白金の塊。

 盾に接触。

 鈍い衝撃音。


 地面が揺れ、リオンが立っていた石畳が大きく破壊された。


 空から現われたのは、間違いない。

 善魔だ。


 リオンの挑発は善魔に届かなかったのではない。

 おそらくリオンが隙を見せる瞬間を待っていたのいだ。


 もしリオンが少しでも盾を掲げるのが遅れていたら、そのポールアクスに体を真っ二つにされていたかもしれない。


 シズカにボコボコにされた経験が、間違いなく生きている。


「マギカ!」

「ん」


 前回と同様に、マギカが前衛を担当する。

 だがそれもリオンが回復するまでの繋ぎ。


 アルトの背中に、びっしりと汗が浮かび上がる。

 先ほどから殺気を感じ取っている全身が痛い。

〈危機察知〉がガンガン警鐘を鳴らし続けている。


 この相手は、前回よりも確実に強い!


 見た目はカーネル邸に現れたものとほぼ同じ。

 若干、鎧の形が違うか。

 もしかするとこれは、創造主の特別製なのかもしれない。


 それが誰かはわからないが、余計な事をしたものだ。


 アルトはなるべく高密度、高威力の〈攻性防壁〉を展開。

 善魔の動きを封じにかかる。


 だが善魔は〈攻性防壁〉を無視して動き回る。

 当然、その体が接触した途端に魔術が炸裂、善魔の体を傾がせる。


 だが、善魔にはほとんどダメージが入っているようには見えない。

 こちらが有利になるよりむしろ、〈攻性防壁〉が破裂することでマギカの攻撃が封じられてしまった。

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