第246話 チート技ではない
大体1刻ほど狩り続けて、アルトたちは4体のオーガを倒してその部隊を壊走させた。
全部で12000匹。全体の25%ほどか。
3割倒せば部隊が維持出来なくなるというのは、人種だけの理論。
魔物はまだ争う姿勢を見せている。
さらには部隊を小刻みに移動させ、アルトたちに狙いを読ませないよう動いている。
多少の知恵もまわるようだ。
だがアルトはホクトの街壁の外にいて目をギラつかせている部隊にはまったく興味が無かった。
「モブ男さん、マギカ。疲労はどうですか?」
「疲れてはないけど、さすがに雑魚を潰すだけの流れ作業は飽きたな」
「少し休みたい」
リオンは体力魔神だけあってまったく疲れた様子はないが、マギカは汗で髪の毛が頬に張り付いている。
かなり全力で動いたのだろう。相手が弱くとも、弱いなりに自分の糧にしようとする姿勢は尊敬に値する。
「これからホクトに入りますので、少し休憩を入れましょう」
「そろそろ勇者に相応しい相手が欲しいんだが」
「どうでしょう?」
いるに決まってる、というと逆フラグが成立するだろうか?
そんなことを考えながら、アルトは水筒を出してそれぞれに水を配る。
「雑魚の殲滅はキリがないので、すべて武士や平民足軽達に任せましょう。この後は脅威になりそうなオーガだけを潰して、さくっとホクトに侵入です」
「了解だ。けど、あの魔物の群れの中からオーガを見つけ出すのは大変じゃね?」
「〈気配察知〉を使えば、少しは楽?」
「相手が逃げ回ってたらどうすんだよ」
「んん……」
マギカとリオンが難しい顔をして談義する。
たしかに4万近くいる魔物の大軍の中から、数十のオーガを見つけるのはかなり至難の業である。
しかし、
「……ええと」
そう声を出しただけで、マギカとリオンの表情が引きつった。
「まさか……」
「え……」
ちょいちょいお二人さん。
まだ何も言ってませんからね?
「実は、魔物を殲滅するあいだに、光弾を放って目印を付けておきました」
「やっぱり」
「さすが」
だと思った、と言わんばかりに2人が大きくため息を吐き出した。
「ここはもっと『さすが師匠!』とか、『やるじゃん!』とか、そういう反応をするものでは? 何故そんな反応をするんですか……」
「胸に手を当てたらわかるんじゃね?」
「ん」
胸に手を当てるが……ちっとも判らない。
褒めてもらえると思ったのに、ガッカリだ。
「と、兎に角そのオーガを倒しますので」
「はぁ……わぁったよ。で、その場所はどこで、俺は何体倒せばいい?」
「いえ、ゼロですよ」
「……へ?」
「ゼロです。モブ男さんがオーガを倒す必要ありませんよ」
「はぁぁぁぁッ!?」
飛び上がったリオンがアルトの襟首を掴む。
「どういうことよ? 俺達が倒すんじゃないのか!?」
「た、倒しますよ。倒しますけど、ちょ、ちょっとモブ男さん首、首が絞まってます!」
ギブアップのタップをして、やっとリオンはチョークを緩めた。
ふぅ。
危うく勇者に殺されるところだった。
善良な市民を殺そうとするとは、邪悪な勇者め。
「オーガは全部で残り94匹。それぞれ3人で分けても、1人31匹は倒さなくてはなりません。その数のオーガを探しながら倒すとなると、かなり時間が掛かります。ずっと全力で走りっぱなしでも、たぶん1日はかかるでしょうね」
全力で走り続けるとなると、その間上げられる熟練も限られてくる。
必要があれば走るが、必要が無ければアルトにとってそれは無駄な時間に他ならない。
「どうせまた、熟練上げの時間がーとか思ってんだろ?」
何故わかった!?
リオンの突っ込みに心臓がビクンと飛び上がる。
「で、具体的にどうすんだよ?」
「1体1体に目印が付いてますので、まずは目印めがけてマナを飛ばします」
「まあ……師匠にしては普通だな」
「それで、目標に接触するとそのマナが落とし穴に変化します」
「――ファッ!?」
「これが上手くいけば、目印を付けた目標すべて倒せます」
「……そんなことできんの?」
「やったことはありませんが。直径4kmくらいまでなら多分可能かと」
「なにそれ、チートじゃん……」
リオンの目が死ぬ。
いやいや。
「ちーとって、なに?」
「変態っていう意味だ」
「モブ男さん。マギカに嘘を教えないでください」
チートはズルという意味であり、決して変態という意味合いはない。
……ない、はずである。
体が休まったところで(アルトの心はちっとも休まらなかった)、3人はホクトを目指した。
「罠を展開してオーガを駆逐します。それに合わせてホクトに駆け込みましょう」
「ん、まだオーガを倒してなかったのか? すぐ倒せばよかったのに」
「指揮官が消えた場合、魔物達がどう動くかわかりませんからね」
もしかするとホクトに向かう道中が、魔物でごった返すかもしれない。そうなると、アルトたちのホクト入りがかなり遅れ、あとからきた武士や足軽達との乱戦に巻き込まれかねないのだ。
故に、アルトはこれまで罠の因子は仕込んだが、発動はしなかった。
「じゃ、行きますよ?」
遠くにホクトの外壁が見えてきたとき、アルトがそう告げる。
「おっけ! 前は任せろ!」
「ん」
「全力で駆け抜けますよ!!」
走り出すと同時に、アルトは罠を発動。
軽い目眩。
激しい虚脱感。
まるで地面を踏んだ足が、空を切って落下するような感覚を覚える。
だが奥歯を食いしばって持ちこたえる。
ここで意識が消えれば、罠に掛かったばかりのオーガの抵抗を抑え込めない。
90を超える罠の遠隔設置・発動の衝撃に必死に耐える。
コンマ1秒の刹那。アルトの中心を激痛が駆け抜け消える。
「――ッ!!」
また、あの嫌な痛みだ。
意識が途切れかけ、危ういところで持ちこたえる。
悪寒がするほどの痛みを感じたが、幸いアルトの罠がオーガを飲み込み、1分経った頃、穴に落ちたオーガが次々と息を引き取っていった。
「……ふぅ、これでよし」
「や、やったか!?」
「そういうフラグになる台詞はやめましょう。わざとですか?」
「チッ。さーせん、反省してまーす。で、上手くいったのか?」
「ええ、おそらくすべて倒せたと思います」
「おっしゃ。じゃあ次は勇者の出番だな!」
「勇者に出番はない。全部私がやる」
「ほう喧嘩だな? よし買った! じゃあ倒した魔物の数で勝負な」
「ずるい、それだとリオンが有利。ここは倒した魔物のランクで勝負」
「それだとアンタが有利だろ!」
「はいはい二人とも、さっさと先に進みますよ」
師団長たるオーガが不在になったからだろう。
ホクト周辺のあらゆる場所から、魔物の叫び声が聞こえてきた。
ここもそのうち魔物がごった返すだろう。
アルトは落ちた速度を再び引き上げて、ホクトの門をくぐり抜けた。
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