第245話 壊れる忍

 1人は人間で、盾を持って魔物に殴りかかってますぅ。うわ、こんなの初めて見る!

 盾で殴ったら魔物がパァーン!って、パァーン!ってなってます!

 うわ、うわぁ!!


 最後の1人が人間で、うーん、平凡。あんまり顔は好みじゃないかもぉ。

 うげ、キモ! なにあれ!? いやいやいや……。

 あれ、人間じゃないでしょ……。


「人間じゃない?」


 そぅです!

 あんなの人間じゃありません!

 だって、ヌルヌル動いてるんですよぉ!?


 右に左に、ヌルヌル……。

 しかも素早い。ゴキブリみたい。

 きっとGですよG!! Gの生まれ変わり!


 あれは……うん。

 変態ですねぇ。


「変態て……」



 報告します!


 ホクトから南下していた魔物がすべて消失。

 おそらく3名の民間人がすべて駆逐したものと推測。


 3名は先の報告にあったように、獣人と盾と、変態。



 報告します!


 盾が執拗に魔物に狙われ、鬼にボコボコにされて死亡。

 ……あ、死んでない。生きてました。

 え? なにあれ?

 体力が無限なの?

 殴られても殴られても、まったく死にそうにないです。

 いやどちらかというと、気持ちよさそう?


 ……喜んでる。

 鬼に殴られて、泣きながら喜んでるッ!!


 鬼の攻撃って……案外気持ち良いんですかね?



 報告します。


 変態一味でいち早く入都した獣人が、ホクトに蔓延る魔物を次々と屠っています。

 実に素晴らしい動き、華麗な足さばき、身のこなし。

 我が忍部隊に欲しいくらいの逸材です。


 あの方は、一体どこの出身なのでしょうか?

 多くの敵に立ち向かう勇気といい、歯牙にも掛けない実力といい。

 きっと名のある武術家なのでしょう。


 あの方が日那にいらっしゃったのは、アマノメヒト様のご加護なのかもしれません。


 かの者の前では、鬼も赤子同然。

 接敵わずか10秒ほどで鬼を蹴散らしてしまわれました。

 ……まこと素晴らしい。


 まさに救国の英雄然とした戦闘です!

 この戦闘が終わった暁には、かのお方へ勲章を授与するべきかと具申いたします。



 ほ、報告しまぁす……。


 あのぅ、誰か見張りを変わっていただけませんか?

 変態の戦闘動作を見ていると、私の美的価値観がズタズタになっていくんですけどぉ……。


 え? ダメ?


 うえぇ……。

 このままじゃ普通の価値観に戻れないかもしれないよぉ。


 予備動作なしで動く体。

 意味不明に吹き飛ぶ敵。

 横に動こうとしてたのに何故か真逆に行ったりぃ、地面に落ちたと思ったら別の地面から現われたりぃ。


 ねぇ、知ってますぅ?

 人間って、前に走りながら後退できるんですよぉ。

 そして落ちながら飛べるんですぅ。


 うふふぅ。

 えへへぇ。


 もうラメぇ!

 あれが普通になってきちゃうぅ!

 普通の動作だと、満足出来なくなっちゃうよぉぉ!!


 私の価値観が解けていくぅぅぅ!!


  □ □ □ □ □ ■ □ □ □ □ □


 北島に現われた敵は大凡5万くらいだろうか。


 すべての魔物がバラバラに動いているというよりも、意思あるなにかによって統合されているらしい。

 3・4000ほどの魔物が1つの塊となって行動を共にしている。


 アルトの経験上、そのような魔物の集団を見たことはない。

 100や200の群れならば、コンパイやキノトグリスへの道中でアルトも遭遇したことがある。

 規模がその2・30倍となり、さらに種族がバラバラとなると、それはもう異常と言って良い。


 おそらく集団を組織しているのは、1団に1匹いるオーガだろう。

 ゴブリンからオークまでいろいろいるが、その魔物の平均レベルは15前後。低い者は3程度。高いものでも30だ。

 その中にレベル70前後の魔物が1匹紛れているのは明らかに不自然。

 指揮官以外には考えられない。


 ただ、そうなるとオーガは師団長。

 各部隊の規格が統一されていることを考えると、オーガをまとめている司令官がどこかにいるはずである。


 リオンは猪突猛進に盾を掲げて突っ走り、正面にいるあらゆる魔物をブルドーザーのように吹き飛ばしていく。

 盾と肉体の性能、そして底なしの体力を生かした攻撃は、さながら機動城塞である。


 マギカは正確無比に敵の中を駆け抜ける。必要最小限の攻撃ですべての命を刈り取っていく。

〈体術〉の練度と栗鼠族の敏捷性を生かした攻撃は、まさに森の中のスナイパーのようだ。


 アルトはてきとうにグレイブを掘って前にずんずん進んでいく。


 時々ゴブリンが射貫いてくる矢を、〈避躍〉で躱して練度を高めていく。

 ただ前に進むだけだともったいないので、ありとあらゆるアクティブ・パッシブスキルをフルに実行し続ける。


 実のところ、アルトはレベルが上がった自らの肉体に、まだ慣れきってはいない。

 そのせいで、無意識のうちに限界を超える動きをしているのか、時々神経が突き抜けるように痛むことがある。

〈罠〉を大量に用いたときと同じ種類の痛みだ。

 その痛みは瞬間的にアルトを切り刻み、すぐに消えてなくなるので、どこかが悪いわけではないのだろう。


 早く肉体に慣れなければ……。

 このままだと痛みが怖くて、必要な場面でも無意識にブレーキをかけてしまいかねない。


 前へ〈跳躍〉しながら〈ハック〉で真後ろへ移動してみたり、空に飛び上がって頭から落下してる間に〈ハック〉で空を逆走してみたり。

 自分の肉体が、魔力が、どこまでなにが出来るのかを入念に確かめていく。


 それをしっかり見極めていく。


 しばらく魔物を殲滅していると、木々の上から突如壊れたようにケタケタ笑う声が聞こえてきた。

 それからすぐに「もうやぁだぁ!」と悲壮感溢れる泣き声が響き渡る。

 声の主はおそらく北島に入ったときから後を付けてきている、日那州国の諜報部隊だろう。


 一体、どうしたのだろう?

 徹夜で仕事でもしているのか?


 ……ちゃんとその分の給料が払われることを願う。


 頑張れよ!

 そうアルトは心の中で忍んでいるものを元気づけるが、その原因がアルトにあるとは思いも寄らなかった。

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