第256話 勝利のご褒美
「勇者から目を離すと怪我するぜ?」
放たれた〈挑発〉に、僅かばかりシズカの目が引かれた。
気が逸れたのはコンマ1秒もなかっただろう。
だが、刹那でも隙があれば、マギカは十分だった。
「吹き飛べ――≪砕けろ命よ破壊の拳(ステラ・フォース)≫」
開放された宝具の光が、一瞬でシズカを飲み込んだ。
瞬きしている間にすべてが始まり、すべてが終わる。
あとに残ったのは空気を破壊した轟音と、焦げた臭いのみ。
うわぁ……。
その光景を眺めていたアルトは顔を引きつらせた。
前まで使っていたマギカの宝具は、拳を1度で9回打ち抜くものだった。
だがいま使った宝具は、拳を振り抜いたのは1度きり。
≪瞬け星よ夢幻の拳≫
宝具の名に籠められた概念を、彼女は開放させたのだ。
たったそれだけで、彼女の拳は音速を超えた。
あたかも雷が走ったように、あるいは星が瞬くような速度で、1発の拳が前方の空間を圧壊させた。
あれをシズカに使うだなんて、正気の沙汰とは思えない。
だが――、
「ふぅ、死ぬぅ思ったわ」
「…………」
それを受けてピンピンしているシズカも、もう人外である。
おそらく受け流しや回避。あるいはもっと別のスキルを次々と発動し、適切にダメージを軽減していったのだろう。
いくらステータスが高いシズカとはいえ、いまの直撃を素で耐えられるはずがない。
死んだとは思わなかったが、それでも大けがを負っただろうとは考えたのだろう。
壁からシズカがピンピンした様子で現れると、マギカの尻尾がだらんと力なく垂れ下がった。
崩落した壁から抜け出し、シズカは鉄扇で口元を隠しながらリオンとマギカの前まで移動する。
「2人とも合格や。まさか、1年とちょっとでウチに攻撃を当てるとは思わんかったわ」
「……当たったのに」
マギカの耳が『うえぇ……傷ひとつ付いてないよぉ』とぐでーと突っ伏してふるふる震えている。
リオンは『え?なにこいつ? 不死身?』みたいな怪訝な表情を浮かべるが、それはリオンに言われたくはない。
「ほなら、約束通りひとつだけ言うことを聞いたるわ」
「この俺様に伝説の宝剣を――ドブシャッ!!」
早速欲望を口にしたリオンの頭をマギカが凹ませる。
「なにすんだよ!」
「モブ男さんが伝説の剣を持っても、使いこなせないじゃないですか」
「おいおい、俺は勇者だぜ? 勇者は伝説の剣を使いこなすもんだろ」
「勇者の武器は勇気ですよ」
「そう、そうだよな! さっすが師匠、わかってるぅ!」
機嫌が天井を突破したリオンがバシバシとアルトの肩を叩く。
もう彼の頭の中には伝説の「剣」の文字はない。
なんてチョロイんだ。
いいのかそれで?
ただ……。
話を反らしたは良いが、肩がとばっちりを受けてしまった。
ヴァンプの力、恐るべし。
「――と、その前に」
アルトもリオンも、マギカでさえも反応出来ない刹那。
アルトに近づいてきたシズカが突如アルトを地面にねじ伏せた。
誰もが言葉を失い、そして悟り落胆する。
いままでどれほど手を抜いていたんだ?
殺気は感じない。
だからアルトは抵抗をせず口を開いた。
「……一体、なんの真似ですか?」
「もうそろそろ、限界やろ?」
なにが?
そう問う前に、アルトの腰に軽い柔らかい感触が伝わる。
まさかそれは、シズカの尻――。
「ぐあぁぁぁぁぁぁぁ!!」
なにか判明する前に、アルトの背中にシズカの指が深々と押し込まれた。
激しい痛みにアルトの目の奥がバチバチと爆ぜる。
たった1秒。
背中に指を押し込んだシズカが、すっと音もなく立ち上がった。
「あ、アンタ、師匠になにしたんだよ?」
「なにって、疲れとるみたいやから、少ぉしツボを刺激しただけやで?」
シズカがはぐらかすように微笑み、アルトに顔を近づけた。
言葉とは裏腹に彼女の表情は険しい。
「あんた、魂がえらいボロボロやん。あんま無理すると、決戦まで保たへんで?」
「…………」
「少ぉし保つよう、ウチがツボを圧してん。痛みはそれで我慢出来るぅ。せやけど、無理はアカンで?」
「……はい。ありがとうございます」
どうやら彼女はアルトが時々感じる酷い痛みに気づいていたようだ。
まさかあの痛みが、魂からのものだとは考えもしなかったが……。
これで当面、痛みへの不安は和らいだ。
だがこの体がいつまで持つか……。
新たな不安が生まれてしまった。
無理は駄目。
そんなことを言われても、無理をしなければ、届かないのだ。
自重する気は、さらさらない。
「…………はあ。言っても聞かへんか」
「それは、まあ……。ところでシズカさん。言うことを聞くって言いましたが、本当になんでも言っていいんですか?」
「ええで。ただ、ウチが叶えられることだけやけどね」
「じゃあひとつ。僕の邪魔をする敵の正体を教えて頂けますか?」
それは、ハンナを捕らえた人物。
ことごとく運命として立ちはだかった、試練を与えた者。
薄々は感じていたが、そろそろその正体を、知っていそうな人物から教えてもらいたかった。
「……せやな。その名を知るには十分な実力を付けたわけやし、教えても大丈夫やろ。敵さんはな――」
シズカの言葉の途中で、不意に空から強烈な違和感が降り注いだ。
「離れ――」
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