第21話 不向きな男
久しぶりに聞いた鈴の音に、男は営業スマイルを浮かべて立ち上がった。
ここはキノトグリスで〝自称〟ナンバーワンの武具店である。だが客は来ない。
『最高ランク、最高品質の武具を作り、販売したい』
そんな置き手紙を残して、王都から失踪するように、男はキノトグリスにやってきた。
男は決して、夢追う無職ではなかった。
むしろとある界隈においては、第一人者だった。
その男がなにもかもを投げ出して、武具製作の世界に飛び込んだ。
それが、六年前の話である。
武具はロマンの塊だ。
これを男は、どこまでも突き詰めたかった。
さておき、客が来た。久しぶりの客だ。
ひと月に一度だけ、店の扉が開かれる。その半分はすぐにはっとして店を出る。入る店を間違えたのだ。ええい、忌々しい。
久しぶりに来た客はなんと2名。実にふた月分もの客だった。
ただ現れたのは2人とも子ども。……いや、1人は人間の少年だが、もう1人は亜人の少女。こちらは見た目通りの年齢ではない可能性がある。
「……このお店を見るの?」
店内を見回した途端に、亜人の女が肩を落とした。
(なんと失礼な女だ。獣風情に武具の善し悪しなぞ分かるものか!)
男は内心憤慨した。
かわって少年の方は、壁に飾っている店自慢の武器を眺めている。
「うーん。やっぱり変わってないなぁ」
少年が呟いた言葉の意味はよくわからないが、少なくとも獣のように武器に良くない印象を持っているわけではなさそうだ。
むしろ、瞳は僅かに熱を帯びている。
男がこの店を作ってから、初めて見る目だ。
少年には、男の作る武器の良さが判るのだろう。
武器の趣味を分かち合える同志がいてくれたことが、男はなによりも嬉しいことだった。
「どうですか? キノトグリスイチの我が店の武器は?」
「キノトグリスイチ?」
「ッフン!」
獣の疑問の声を店主は鼻息で蹴散らした。
(獣め。この素晴らしい武器がわからないとは!)
「全長約3メートル。重さ約30キロ。鉄とミスリルの混合金属。これが、これこそがキノトグリスで最も威力のある武器です!」
「はぁ……」
なにか言いたげな獣など無視だ無視。
男はなるべく獣を視界に入れぬよう、少年に向き直る。
「すごい努力の結晶ですね」
「おお、分かっていただけますか!」
(この少年は、もしかするとすごい逸材なのかもしれないぞ!)
男の評価は色眼鏡を通してかなり歪んでいた。
しかし無理もない。いままで男の武器を評価する者は、ただの一人も現われなかったのだから。
「しかし、この武器には小さな問題がありまして、扱えるものがキノトグリスにいないのです」
「大問題」
「うっさい!」
しかし、獣の言うことは最もで、これが大問題なのだ。
王国の兵士であろうとも、この剣を扱えるものはいない。いるとすれば王国12将くらいなものだ。
「持ってみてもいいですか?」
「……え、ええもちろんです。ただ、非常に重いのでお気を付けくだ――――は?」
まるでその重みを感じさせない手つきで、少年はひょいっと超大剣を構えてしまった。
まさかの事態に店主が言葉を失う。
「んー? ねえマギカ。この剣持ってみて」
「えぇ」
嫌そうな顔をしながらも、マギカと呼ばれた獣が剣を手にする。
「ッ!?」
さらに驚愕すべきことに、少年は両手で構えていた剣を、獣は片手で持ち上げひょいひょい振って見せたのだ!
「なんかちょっと変じゃない?」
「重心」
「なるほど! 重心がおかしいのか。マギカありがとう」
まるで木の棒を扱うように振るい、少年が剣を元の位置に戻した。店主はまだまだ正気を取り戻せない。
「ありがとうございました。あ、申し訳ありませんがこの剣はいらないです」
「あ…………ああ、はい」
「代わりに、こちらを頂けますか?」
「ああ、はい」
「ええっと……お代は?」
「…………いえ、要りません。どうぞ、さしあげます」
あまりにショッキングな出来事に、店主は店の商品を少年にタダで渡してしまった。
こんなことをしては、店に利益が出ない。
だが、利益などどうでも良かった。
誰も扱えた試しがない――伝説を連想させる剣を置いて箔を付ける。そういう狙いから、店主は絶対に誰も扱えない剣を作ったのである。
ただ大きくするだけでは歪んでしまうので、自重にも耐えられる機構を生み出すのに、かなりの時間が必要だった。
製作の歳月は5年。その5年間の血と汗と涙と金の結晶が、小さい子どもにあっさり持ち上げられてしまった。
店主はもう、ただただ呆然とする他なかった。
「差し出がましいとは思いますが、本職に戻られた方が良いですよ。あなたに武具製作は向いていない。あなたの武具では、誰も救えません。けれど本職に戻れば、多くの人の命が救われます。どうか、ご一考ください」
そう言って、少年は店から出て行った。
少年が出て行った後、閉まった扉を見ていた店主は微動だにせず、一筋の涙を流した……。
その後、しばらくして男は自身の工房がある王都へと引き返した。
王都に戻った男は、後に画期的な魔道具を開発し、国王に表彰されることとなる。
その魔道具とは、害意を持った攻撃を、一度だけ退けるものだ。
この魔道具の完成によって、多くの命が救われることとなる。
奇しくもこの日、少年が予言した言葉が、数十年後に現実となるのだった。
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