第20話 アレが落ちた場所
串焼きを食べ終えると、アルトは東通りに赴いた。
今日はドワーフの店には行かず、キノトグリスの主要な武具店をまわる。
店巡りで、アルトは後まわしにしていたスキルの修得を目指す。
アルトが足を踏み入れたのは、キノトグリスでも一位二位を争う店舗だ。
ここはで迷宮初心者向けから、上級者まで使える品を揃えている。
初めて店を訪れる初心者のサポートはもちろん、販売した武具のアフターフォロー、ぼろぼろになった武具の下取りなども行っている。
サポート面は充実しているのだが、不良品率が高いことでも有名だ。
初期不良であれば無料で交換して貰えるのだが、信用することなかれ。
武具の不良は命に直結する。
不具合に気付く頃には、大半の冒険者は命を落としている。
不良品(ゴミ)を売りつけても所有者が死んでくれるため、交換率は上がらない。丸儲けである。
それを見越して『交換無料』を謳っているのだとすると、かなり質の悪い店である。
そんな店だと知っているが、アルトはあえてこの店の商品を見て回る。
まず防具コーナーに足を向け、初心者用のチェストプレートをじっと見つめる。
防具を見つめて三十秒ほど経った頃、
「お客様、なにかお探しでしょうか?」
「……」
「し、失礼しました!」
アルトは店員を睨み付けて退散させる。
(商品を見ている時は、極力話しかけないで欲しい)
(必要があればこっちから話しかけるんだからさ……)
折角の集中が切れてしまった。
集中を乱されて立った気を、深呼吸で落ち着かせる。
そして、切れた糸をたぐり寄せ、再びアルトは集中する。
一分ほど経過したころ、僅かに魔力が減少する感覚を覚えた。
それと同時に、商品の詳細が脳裏に浮かび上がってきた。
【商品名】チェストプレート 【種類】防具
「おっ、成功だ!」
アルトは喜びの声を上げた。
脳裡に浮かんだ文字は、鑑定スキルによるものだ。
>>鑑定1/100 NEW
鑑定が上手く行くと、魔力と引き換えに武具の性能が確認出来る。
武具店で粗悪品を掴まされないための重要なスキルだ。
スキルの習熟度が上がると、より詳細に鑑定出来るようになる。
現在のままでは品質が読み取れないため、アルトはしばし鑑定を続ける。
一点一点再鑑定する事に、文字が浮かぶまでの時間が短くなっていく。
百点ほど〈鑑定〉したところ、三十秒ほどでスキルが発動できるようになった。
さらに百点ほど〈鑑定〉すると、鑑定結果に新たな項目が出現した。
【商品名】チェストプレート 【種類】防具
【ランク】☆1 【品質】E
>>鑑定1→10/100
「ふぅ……。まあ、こんなところかな」
必要な項目が鑑定出来るようになったため、アルトは熟練度上げを一度切り上げる。
新たに出現した項目は2つ。ランクと品質だ。
ランクは存在力と同じ、☆表示だ。この数値が高ければ高いほど、武器としての格が高くなる。
品質はEが最低で、D、C、Bの順に上がっていく、冒険者ギルドのランクと同じ形式だ。
「ランク……品質……」
ふと、アルトの脳裡に過去の記憶が蘇った。
『最高ランク、最高品質』が口癖だった人がいたな、と。
懐かしい記憶に耽りながら、アルトはマギカを探す。
お店の商品を見飽きたのか、マギカが店内に備え付けられた椅子に座って、うつらうつら舟を漕いでいた。
「マギカ、待たせてごめんね」
「う……。もう、いい?」
「とりあえず防具だけでも買っていこうと思う」
欠伸をするマギカを、アルトはそっと見やる。
彼女の手には、鉄拳が装備されている。
この鉄拳が如何程の物なのか、アルトは気になった。
こっそり調べるのは悪いと思いつつ、〈鑑定〉を行う。
しかし、
(あ、あれ?)
アルトの脳内に、鉄拳の情報が浮かんでこない。
何度か〈鑑定〉をかけてみるも、鉄拳の情報は一つも浮かばなかった。
(武具のランクが高いと、鑑定出来なくなるのかな?)
現在アルトの鑑定熟練度は10だ。
マギカが持っている鉄拳は、熟練度が低い〈鑑定〉を弾いてしまうような代物らしい。
(鑑定を弾くような武器かあ……)
アルトはますます鉄拳に興味を抱くが、これ以上〈鑑定〉を上げても仕方がない。
鑑定したい気持ちをぐっと堪えて、店員に話しかける。
「すみません。僕でも装備できる防具はありませんか?」
「お客様のサイズに合うものですか?」
(……ないですよね、はい)
さすがの大型店でも、身長120センチ前後の子どもに合う防具など扱ってなかった。
もしあるとすれば、貴族御用達のブランド武具店くらいだ。そこなら貴族の子どもが式典などで着るための防具が置いてある。
式典用なので、実用性は一切無視だ。
なのに目が飛び出るような値段である。
無理をして買うような物ではない。
(とにかく、なにか買わないとなあ……)
武器は入手したが、防具はまだなにもない。
いくら戦い慣れているとはいっても、万が一があるため、どの部位でも良いから冒険者(プロ)向けの防具が欲しかった。
アルトは辺りを見回すと、とある一角に目が留まった。
「……えっと、子ども用の靴はありますか?」
「ああ、それならお客様にも会うものがございますよ」
少しだけ明るさを取り戻した店員に連れられ、靴のコーナーに向かった。
冒険者が使う靴のほとんどが革製だ。その皮によって値段や用途が異なる。
大まかに暴牛(ブル)の皮が剣士や戦士。馬(コードバン)が狩人。山羊(ゴート)が魔術士など。
堅さ、柔らかさ、なめし具合でさらに細かく扱いが変ってくる。
今回は暴牛の皮をチョイスした。理由は一番安いからだ。どの道すぐに足のサイズが変るのだから、高いものを買う必要は無い。
「あとは、新しい鞄を見てみようかな」
「承知致しました。鞄コーナーはこちらでございます」
現在ルゥは鞄の中にいるが、鞄には魔石も入っている。
さすがにそれは可哀想だったため、ルゥ専用の住居(かばん)を購入した。
「本当は今日、迷宮に行く予定だったんだけど、明日にしようと思う」
支払いを終えたアルトがマギカに話しかける。
「どうして?」
「ちょっと、諸事情があって」
「そう」
「マギカもなにか買う?」
「んー……」
マギカだけに聞こえるよう、アルトは声を潜める。
「お金はあるから、欲しいものはなんでも言っていいよ」
アルトの言葉で、マギカの目に光が宿った。
「……なんでも?」
「えっと……」
(あれ。もしかしてこれ、失敗したかも?)
アルトの脳裏に、昨日見たミスリル含有の鉄拳が浮かぶ。
「あ、や、えっと何でもっていうのは――」
「問答無用」
言い訳をしようとしたアルトはマギカに引きずられ、ある場所に向かった。
もちろんその場所は、あのドワーフの武具店だ。
武具店にたどり着いたアルト達は、しかしその店の前で立ち尽くしていた。
「…………」
「…………」
アルトを睨む、マギカの視線が痛い。
ドワーフのお店の扉には【本日休業】の看板が立てかけられている。
理由はお店の壁に空いた、人型の穴のせいだ。
一体なにが起こったのか?
十秒ほど考えて、思い至る。
「アレか……」
「アレだね」
まさか適当に魔術で吹き飛ばした賊が、ここに墜落してるなど思いも寄らなかった。
(うん。このドワーフの店は不運だったと思って諦めてもらおう)
(賊が見つかって請求できればいいね。うんうん!)
白銀の鉄拳が購入できるとうきうきだったのだろう。ひっぱられる間も感触の良い尾っぽに、アルトの頬がぺしぺしと叩かれ続けた。
好きな武器が手に入る。
その期待があまりに高すぎたためか、いままで無表情だった彼女の顔が、この時初めて苦渋のものに変化した。
「……くっ!」
「ま、また今度ってことで」
もちろん、あの鉄拳はできれば購入したくはない。
しかしマギカがあまりに可哀想だったため、アルトはついうっかりそんなことを口にしてしまった。
その一言で気力を持ち直したか。
マギカはまた無表情に戻り――しかししっぽをシュンとさせながらも、無言で頷くのだった。
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