第19話 おにく ちょうだい!
ギルドを出たアルトの心は実にほくほくしていた。
エリクは迷惑料として色をつけてくれたようだ。魔石の買取価格が、合計で金貨15枚にもなった。
「……どうして嘘をついたの?」
後ろにいたマギカが、アルトの袖をつまんで意識を引いた。
彼女はどこかご立腹のようで、耳がツンとしている。
「ええと……嘘って、どこの嘘だろう?」
とぼけているわけではないが、マギカがあからさまなため息をはき出した。
「全部で3つ?」
「ええと4つ、かなぁ?」
「うわ……」
「あ、あははぁ……」
マギカの極寒の視線がアルトに突き刺さった。
今回ギルドで、アルトは全部で4つの嘘をついていた。
1つ目は、『犯人が短剣を忘れていった』という嘘。
忘れていったのではなく、攻撃の際に奪ったものだ。
2つ目は『魔石の売り忘れ』という嘘。
昨日はあえて売却しなかった。もし売却していたら、かなりの額をあの受付に中抜きされただろうと予測出来たからだ。
実際、前世でもアルトはあの受付に、何度も中抜きされた経験がある。
(中抜きに気付いた時には、既に彼はギルドから姿を消していて、二度と会うことはなかった)
昨日、大きな魔石を手元に残したのは、中抜きされないタイミングに売却するためである。
3つ目はわかりやすい。『マギカが魔物を倒した』という嘘。
これは、この魔石を持つくらい強い魔物を倒せる人が近くに居るんだぞ、という脅しである。
自分が強いと言っても信用されないので、アルトはマギカに戦果を押しつけた。
そして最後に、『賊が誰かわからない』。
これも嘘だ。
犯人は既に分かっている。
「誰?」
「何が?」
「犯人」
「ああ、赤毛の男性だよ」
「…………間違いない?」
「印を付けたからね」
アルトは顎を引いた。
アルトが掌手で〈風魔術〉を発動した際、攻撃に隠れて光球の一つをこっそり賊の体に貼り付けていた。
見ただけではわからないよう、光球は入念に隠蔽している。
しかし、アルトは光球を見ずとも犯人を見抜いていた。
アルトが大金を得た情報は、魔石買取のときに漏れたので間違いない。
あのとき監査室にいた者の中で、襲撃時に何故か鞄に怯えた人物。
恐る恐る鞄を開く――中に魔物が入っているかもしれないと知っているのは、彼しかいない。
「それだけで?」
「まあね」
「でも、怪我してないみたいだった。別の人?」
「いやぁ、どうだろう? あそこから外に放り出されたら怪我くらいすると思ってたんだけど……」
光球と同時に、アルトから受けた怪我を以て判断を確定させるつもりだったが、その当てが外れてしまった。
あまり強そうには見えなかったが、受け身だけはかなり上手だったのか。
あるいは、1日で大けがを治せるほどの高級回復薬を持っていたのかもしれない。
「昨日は武器が買えなくてどうしたものかと思ったけど、運良く武器が手に入って本当によかった」
「…………それが本当の目的?」
「さて、どうだろうね」
アルトが誤魔化すと、マギカが呆れたように、大きなため息を吐いたのだった。
懸案事項がひとつ解決したところで、アルトはもう一つの――些細な懸案事項に意志気を向けた。
(ルゥってなにを食べるんだろう?)
かれこれまる一日なにも食べていないので心配だ。
蛇のように、大量に食べたらしばらく食事をしなくても良い動物はいるが、スライムは蛇ではない。
(食べ物に好き嫌いがあるのかな?)
出会って約1ヶ月の仲だが、アルトは既にかなりの情が湧いていた。
青みがかった体に、胸に抱きしめるとちょうど良いサイズ。そしてムチムチとした弾力。移動時に、プリっとしたお尻(?)をフリフリさせる動き。
もしすべてが終わったら、ルゥを見ながら余生を過ごすのも良いかもしれない。そう思ってしまうほどだった。
大通りには様々な出店が軒を並べている。武具の店や薬草の店、キノトグリスのお土産屋などもある。
その中にはもちろん食べ物のお店もある。
その一つ一つを冷やかしながら、アルトは肩に乗せたルゥの様子をうかがう。
パンでも饅頭でもスープでも反応しなかったルゥが、あるお店の前でプルプルと反応した。
「串焼きが食べたい?」
聞くと、うんうん!とルゥが頭を振った。
どうやらルゥは肉が好きらしい。
(いや、まあなんとなく予想はできてたけど)
ただ、認めたくはなかった。
(こんなに可愛いのに、肉食系だなんて……)
アルトはポケットから小銭を取り出し、串焼きを三つ購入する。
そのうちの一つを頬張り、もう一つをルゥに差し出した。
ルゥは俊敏に串を飲み込み、あっという間に串以外を平らげてしまった。
その様子を見ていた店主の顔が青ざめている。これが常人の反応である。
「わぁ、可愛いなぁ」なんて呟きながらルゥの食事風景を見守っているアルトは、常人の域からは既にずれていた。
「…………」
ふと視線を感じて目を向けると、マギカがじぃっとアルトの様子をうかがっていた。
「…………食べる?」
「いい」
顔はツンと済ましているのに、しっぽははち切れんばかりに振られている。
『ちょうだいちょうだい! お肉ちょうだい!』
そんな声が聞こえてくるようである。
「はいこれ。一緒に食べよう?」
(初めからそのつもりだったしね)
アルトが自分の分の串を与えると、マギカの耳がピコピコと踊り出した。
本人は「もう、いらないって言ったのに」というような表情でふて腐れているが、耳と尻尾が顔を裏切っている。
1本銅貨2枚の串焼きにはしゃぐマギカの尾と耳を、アルトは暖かい目で見守るのだった。
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