第109話 無事を確認

 魔力の暴風が止まると、辺りを静寂が満たした。

 いや、都市には喧噪が響き渡っている。

 瓦礫を除去したり、生存者を確認したり。

 だが、目を覚ましたアルトにはとても静かに感じられた。


 先ほどの取り乱した様子とは打って変わって、彼の心は静寂で満たされていた。


「し、師匠……。その、ルゥは……」

「大丈夫。もう、落ち着いたから」


 アルトは手にしたルゥの核を、そっとリオンに手渡した。


「これを持って、安全な所に非難してください」

「師匠は?」

「ハンナのところに行ってきます」

「だったら俺も――」

「お願いですリオンさん。僕はもうこれ以上、ルゥを傷つけたくないんです」

「……」

「戦闘が終わったら、一緒に埋葬してあげましょう。だからその時まで、リオンさんがルゥを……守ってあげてください」

「……ひとつ」


 リオンは堅くてかみ切れない肉を噛むみたいに、口をもごもごと動かした。

 目はせわしなく動き回り、落ち着かない。


「師匠にとって、俺ってなんだ?」

「え?」


 勇者とかモブの人とか、あとは馬鹿とか。

 茶化すような言葉はしかし、どこか必死さを感じさせる彼の表情によりたちどころに消えていく。


「雑用か? それとも手下か?」

「いいえ。大切な、仲間です」

「…………ああ、そうか。そうだな」


 まるで自分を納得させるかのように何度も頷き、リオンがアルトの肩に手をやった。


「ルゥは、俺が命に代えても守る。だから師匠も、しっかりハンナを守って、そして――」


 ――生きて帰って来い。

 その言葉が、彼の喉の奥で掠れた。


 だが、思いはしっかり伝わった。

 彼の目を見つめて、安心させるようにしっかりと頷いた。


 やがて彼の手が、アルトの肩を離れた頃――。


「お、お待ちなさい、罪人アルト!」


 顔色の悪いシトリーが、アルトに駆け寄り胸ぐらを掴んだ。

 籠められた力は、12将のものとは思えぬほど弱々しい。


 先ほど彼女がルゥを突き刺したことで、宝具の効果が破られたせいだ。


 彼女の細剣は鞘に収められている。

 柄に手をかける素振りもない。


「すみません、シトリーさん。どいてください」


 彼女の呪いがまだ発動するかどうかがわからない。

 アルトは慎重に、攻撃と見なされないようにそっと彼女の胸を押した。


「な――!?」


 途端に顔を赤くしたシトリーが、力なく後退し、尻餅をついた。

 さほど力を入れて押していないので、怪我はしていないはずだ。


 体を軽く動かしても、なにかが欠落している感覚がない。


(よかった、呪いは発動してない)


「それじゃあ、行ってきます」

「ち……ちゃんとハンナを救って来いよ!?」

「うん。任せて」


 リオンと約束を交わし、アルトは全力でカーネル家邸宅まで駆け抜けた。




 その背中を見送って、リオンは手にした大切な核を胸に抱く。


(ルゥ。おまえの魂がもしこの場に残ってるなら、どうか師匠を支えてくれ……)


 アルトの姿がすっかり見えなくなると、金髪の女がよろめきながらも立ち上がった。


「……なんだよ。やんのか?」

「いいえ、貴方とは戦えませんわ。それよりも、彼は何者ですの?」

「俺の師匠で、大切な仲間だ!」

「そうではなく……いえ、貴方に聞いたわたくしが馬鹿でしたわ」

「ああ、馬鹿だな。バーカバーカ!」

「はあ、これだから頭が空っぽの男は……」

「っふん。胸が空っぽの女が偉そうに粋がるんじゃねぇよ」

「い、言いましたわね!?」


 リオンの言葉に、シトリーがキィィ! と顔を真っ赤にして地団駄を踏んだ。

 悪口の応酬では、リオンが圧倒的なようだ。


「それじゃあ、さっさと逃げるぜ」

「ええ、どこまでもお行きなさい。できればわたくしの目に二度と入らない場所まで行って頂けると助かりますわ」

「はっ、なに言ってんだよ? おまえも逃げるんだよ」

「……えっ?」


 シトリーは首を傾げた。


(この女。本当に、ユーフォニア王国で最強軍団と言われる12将なのか?)


 リオンは眉間を指で揉んだ。

 恐ろしいほどの生存本能が欠落している。


「おまえ、気づかないのか?」

「なんですの?」

「たぶんこの国、もう終わるぜ」


 本当に危険な状況と、危険そうに見えるけど命に関わらない状況の区別を、リオンはアルトにキノトグリスのダンジョンで叩き込まれた。


 だからわかる。

 あの光は、危険だ。


「ほら、さっさと行くぞ絶壁娘!」

「言いましたわね? ついに言いましたわねぇぇ!? 絶対に許しませんわぁぁぁ!!」


〈挑発〉が綺麗に決まった。

 リオンはシトリーを王都の外に誘導した。


 シトリーはルゥの仇だ。

 危険な場所から助け出してやる義理はない。


 しかし、リオンはシトリーを助けた。


 それは決して情が湧いたからではない。

 彼女の命を奪う権利があるのは、アルトだけだからだ。



  □ □ □ □ □ ■ □ □ □ □ □



 カーネル家の邸宅に到着したアルトの目が、大量の執事達の死体を捉えた。


「死んでいる場所は違うけど、死に方は同じ……か」


 この世には、変えられない定めがある。

 そう思わせるほど、この光景は前世によく似ていた。


「まさか、ハンナも……」


 もう死んでしまったのではないか?

 はっとしたアルトの目が、二階のベランダから手を振る人の姿を捉えた。


 ――ハンナとマギカだ。


「ああ、マギカが助けてくれたんだ。……よかった」


 どうやらアルトがガミジンと戦っている間、マギカがこちらに向かってくれたようだ。

 生きているハンナの姿を見て、アルトはほっと胸をなで下ろした。


 とはいえ、現状は逼迫している。

 まだ全ての脅威を退けたわけではないのだ。


 アルトはハンナと合流するべく邸宅に駆け寄る。

 しかし、アルトたちには合流する時間すら残されていなかった。


 空から舞い降りた光が邸宅の庭まで到達した。

 瞬間、アルトの全身が総毛立った。

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