第108話 十数年ぶりの邂逅

 一つ瞬きをすると、王都の風景ががらりと変化した。


 リオンやシトリーが消え、ルゥの欠片も消えている。

 周りには何もない、小さな丘があるだけ。

 その丘の上に、アルトはいた。


 丘の上には、テーブルと椅子が二対ある以外はなにもない。

 丘の向こう側は、霧に隠されていて見通せない。


「ここは……」


 アルトはこの場所に、覚えがあった。


 以前に一度だけ目にした、あの場所だ。

 名前を付けるならおそらく、あの世だろう。


 ふと、テーブルの向こう側に白いモヤが現われた。

 それは以前に話をした、神っぽい何かだ。


「まあ、座ってよ」

「……僕は、死んだんですか?」

「まずは椅子に座ろうか。会話はそこからスタートだ」


 アルトはモヤの言葉に素直に従い、片方の椅子に腰を下ろした。


「さて、まずキミは死んだのか? という質問だね」


 アルトが腰を下ろすと、まるでそれを喜ぶように霞みがふるふると揺れた。

 とても懐かしい動きに、アルトの目が自然と細くなった。


「ああ、勘違いしないでね。あのスライムとは違うから」

「……はあ」


 ルゥだったら良かったのに。

 憶測がすぐに否定され、アルトは落胆のため息を吐いた。


「キミはあのとき、ルゥを殺されて魂が崩壊した」

「…………はぁ」

「うまく想像できないみたいだね。けど、前回に会ったときに忠告したよ? そろそろ、魂が限界だってね」


 そういえば、そんなことを話した記憶があった。


「それで……、僕の魂が限界で、何故ここに?」

「一応、聞いておこうと思って。キミがもし元の場所に戻ったら、まずなにがしたい?」

「戻れるなら――」


 アルトは目を閉じて、思いを馳せる。


「シトリーを殺す」


 ルゥを殺した奴を、アルトはこのまま放っておくわけにはいかない。


(もし帰れるなら、この手で必ずあの女を殺してやる!)


 ドロドロとした感情があふれ出る。

 それに呼応するように、ゴゴゴ……と丘の下の地面が割れた。。


「じゃあダメだね。キミを元の世界に戻すことはできない」

「は?」

「その答えじゃ、キミは自分で自分の魂を粉々にするだけだ。そんなこと、我々が看過するはずないだろう?」

「それでも、僕はアイツにッ――」

「キミの目的はなんだったの?」


 突如、モヤの声色が冷淡なものに変った。

 その声色に、アルトは息を呑む。


「ここに来たとき、キミはなにをすると言って出て行ったか覚えているかい?」


 にょんにょんと、上下に靄が伸びる。

 まるで早く思い出せと言わんばかりに。


「…………っ!」

「分かっただろう? あのとき我々とキミの目的は合致した。だから我々はキミを送り出したんだ。魂の摩耗に目を瞑って、ね。そんな我々が、目的を違えたキミを送り出すはずがないだろう?」


 アルトが2度目の人生を、最良の状態で再スタートできたのは、一重に彼らと誓ったからだ。


「まずは落ち着くことだ。そして深呼吸をしよう」


 言われるがままに従う。

 ゆっくりと息をすって吐き出す。


 小さい丘の外側が、少しずつ崩落していく。

 欠落した部分は真っ暗だ。

 それ以外なにも見えないし、感じない。


(たぶんあそこが、魂の終わりなんだ)


「じゃあもう一度聞くよ。キミはこのまま魂の休息地へ向かうかい? それとも――」


 一瞬溜めて、モヤが言う。


「我々との賭けを続けるかい?」

「賭け……」

「そう。キミは大切な人を救う。救うことに賭けている。だから我々も賭けた。

 キミの魂は既にベットされていて、我々はキミをコールした。レイズはなし。そして、ドロップアウトまでのリミットは決まっている。

 リミットまでに大切な人が救えればキミの勝ち。どうだい? このまま続けるかい? それとも、もうドロップアウトかい?」

「もちろん……続けます」


 アルトは奥歯が砕けるほど強く、強く噛みしめた。

 本当なら、アルトは命を賭けてでもシトリーを殺したかった。

 シトリーを殺して、ルゥを弔いたい。


 けれど、シトリーを殺してもルゥは帰って来ない。

 そして、そこに時間を使えば、大切なものをもっと沢山失ってしまう。

 であれば、いまはハンナを救うことが、なによりも重要だ。


 ハンナを救ったあと、時間があれば、シトリーを殺せば良い。

 もしその気になれればだが。


(でもそれは無理だろうな……)


 一度モヤから視線を切って、アルトは辺りを見回した。


(たぶん、僕にはもう、時間が残されていない)


 周りの欠落を見てると、ああこれが自分の内側なんだろうな、と理解出来た。

 いずれここも、この丘の上も消えてしまうのだ。

 じわじわと、ではない。

 急速に落ちて、消える。


「この賭が終わったら、我々はキミを魂の保養地に飛ばすだろう。それは了承してほしい」

「大切な人のために戦えるのなら、どこへでも」

「よろしい。それじゃあ我々の賭けを再開しよう。キミの敢闘を期待してるよ」


 そういうと、モヤがどんどん広がって、やがてアルトの視界を埋め尽くした。


「最後に1つだけ助言させてもらうよ。キミは間違いなく前回と同じ人生を歩んだ。同じ場所を歩んだけれど、キミは全く違う景色に出会った。

 それは家を出る足が右足か左足かくらい、ほんの些細な違いでしかなかったんだ。

 その小さな変化が、前世と今世で大きな違いをもたらした。

 キミが弱い今日を諦めなかったから、強い明日が訪れた。そうやって、少しずつ運命は変わっていった。

 何一つ欠けても、この場所にはたどり着けなかった。何一つ、無駄は無かった。それを、絶対に忘れないでほしい」


 そういって、モヤがアルトの額にキスをした。

 まるで、子どもとのひと時の別れを惜しむ母親のように……。

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