第107話 舞い降りる厄災
アルトが何者かと接触した時刻。
マギカは、彼の衝突を感じ取ると同時に、奇妙な前兆を空から感じ取っていた。
この感覚は、神アマノメヒトから啓示を受けたときと似ていた。
だが、その波動は真逆。
どろどろとした思念が渦巻いたそれは、空の怒りだ。
(まさか――神の御業!?)
思い至ると同時に、マギカはアルトのいる場所とは逆方向に掛けていた。
その力がどこに顕現するかはまだわからない。
だが、予想はできる。
神は間違いなく、ハンナめがけて力を落とす。
英雄ノ卵が孵化する前に、この世界からハンナを消すつもりなのだ!
(そんなこと、させるわけにはいかない!)
マギカがハンナの邸宅にたどり着くと、すでにそこには『神の影』が現れ始めていた。
神が力を落とす前兆。
その驚異的な御業に、大地や空気に含まれたマナが反応し、意思を持つ。
死者の王が現れる前にはハエが集るように、黒々とした人型の影が、ハンナの屋敷に群がっていた。
「させない!」
マギカは即座に思考を切り替える。
まずは影の殲滅を優先する。
そして次に現れる本体を、アルトと共に討伐する。
万が一アルトがこの場に現われない場合は、逃げるのみだ。
マギカが拳を振るうたびに、一匹、また一匹と、空中に浮かんだ影を屠っていく。
そのどれもが、マギカにとっては中途半端な実力だった。
しかし、ただの人間にとっては驚異である。
影の襲撃を察知した執事たちが、いち早く影に戦闘を挑んでいたが、結果は見るも無惨だ。
まるで、そうなることがあらかじめ決められていたかのように、執事たちの頭がすべて影に飲み込まれて消えた。
影を全て駆逐する頃、公爵家の庭で生存しているのは、マギカだけだった。
大地を赤く濡らす屍を眺めながら、マギカは邸宅の中に足を踏み入れた。
《気配察知》で内部を確認すると、即座に危険な存在を察知した。
「くっ――邪魔っ!!」
邪魔な通路や廊下を拳で破壊しながら、マギカは一直線に進んだ。
その場所に到着すると、ひときわ大きな影がハンナに手刀を見舞うところだった。
慌てて全力で移動する。
その途中、
(――ま、間に合わない)
己の速度では、ハンナが救えないことに気づいた。
影の攻撃を食い止めることができず、ハンナの首が宙を舞う。
その未来は、
「――くぅぅ!」
間一髪、避けられた。
ハンナが龍骨の剣で、影の攻撃を防いだ。
ミシリ。
背筋の凍るような音を立てて、長剣が歪んだ。
しかし、さすがは龍骨。
影の攻撃に耐えきった。
もしアルトがハンナに長剣を作らなければ、あるいは長剣に龍骨を使わなければ、今頃ハンナの命は無かったに違いない。
(――ああ、神よ)
マギカは感謝する。
ハンナの殺害に失敗した影が、すぐさま手刀を切り返す。
だが、遅い。
相手は既にマギカの間合いの中だ。
様子見など一切考えない。
初めから、全力だ。
マギカは拳に力を込める。
「≪瞬け星よ夢幻の拳(ステラ・マグナム)≫」
発動した9連の拳が、一度に影にぶち当たる。
消し去るつもりで拳を放ったが、やや形が残ってしまった。
残った影の残骸が、屋敷の壁をぶち破り、轟音を立てて地面に激突した。
「マギカ……さん?」
ハンナが、涙を流しながらマギカを見上げた。
足下にはハンナの両親か。手刀で心臓を貫かれた女性と、首を消し去られた男性が倒れていた。
もう少しだけここに早く駆けつけていたら、マギカはこの2人も助けられただろう。
「……ごめん。遅くなった」
マギカはハンナを、力いっぱい抱きしめた。
「助けられなくて、ごめん」
「ううん……」
空から光が降りるまで、マギカはハンナを抱きしめ続けた。
そうして光が地上に達する頃、ハンナを背にしたマギカはそれと対峙した。
フォルテミスが放つ最強の厄災に――。
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