第250話 武具そのもの
「マギカ! 武具破壊!!」
「――ッ」
何も何故もない。
刹那でマギカが〈武具破壊〉で攻撃を繰り出す。
打ち抜いた拳が善魔の肩部に当たり、
――ドッ! という鈍い音を立てて僅かに破壊された。
「……よし!」
やはりアルトの見立ては正しかった。
ここに現われた善魔は、前回の物とは違う。
それは間違いない。
アルトは初め、この善魔はただ硬いだけの個体だと思っていた。
だが違う。
それが、音を聞いて判った。
ユーフォニアで出逢った善魔を相手にしたときには耳にしていないその音は、アヌトリア帝国――鍛冶場でよく聞く音だった。
そのことから、ひとつの可能性が浮かび上がる。
この善魔は鎧型の生命体ではなく、鎧そのものなのではないか?
その予測が、マギカの武具破壊スキルにより確定。
相手は、最高の鎧に宿った善魔だ。
「リオンさんは〈挑発〉を維持。マギカ、畳みかけるよ!」
「了解!!」
「うい!」
アルトのかけ声とともに、2人の瞳に輝きが戻ってきた。
リオンが善魔の攻撃を危うげなく盾で凌ぎ、マギカが〈武具破壊〉で徐々に鎧を削っていく。
アルトは善魔の動きを阻害しつつ、2人が致命傷を負わぬようフォローしていく。
時々〈マナバースト〉や〈風魔術〉で善魔をスタンさせ、同時に魔術による〈武具破壊〉を狙う。
これまで一切ダメージが通らなかった善魔に、〈武具破壊〉を用いただけでダメージが通るようになったのは、マギカやアルトの攻撃技術が一定レベル以上であるためだ。
通常であれば鎧を殴れば鎧と内部にダメージが行く。
だが熟達した者が攻撃すれば、鎧を貫通して中身に直接ダメージを与えられる。
ユーフォニアでの経験上、アルトもマギカも善魔の本体が中身のエネルギィだと勘違いしていた。
中にダメージを与えるよう攻撃を続けたため、鎧は一切傷付かなかったのである。
もちろんただの鎧であれば、いくら貫通攻撃とはいえ2人の攻撃に耐えられずすぐに破損してしまっていただろう。
2人の攻撃にいままで耐えていた事実が、その鎧が如何に恐るべき品質であるかを物語っている。
練度の低い〈武具破壊〉を補うため、アルトはどんどん魔術の回転数を上げていく。
練度が低いからか、アルトの尋常ならざる魔術の攻撃を受けても、損壊は軽微である。
だがそれはマギカの攻撃でも同じようだ。
おそらく鎧そのものに打撃や魔術に対して高い抵抗性があるのだろう。
間違いなくミスリル以上。オリハンナコンか、アダマンタイト級か。
〈術式制作〉で魔防具化もされているだろう。
宝具であっても不思議ではないレベルの鎧である。
そんなものを破壊するなどもったいない!!
元ドワーフ工房で働いていた職人アルトの魂が血の涙を流すが、背に腹は代えられない。
「……?」
ふと、攻撃を続けていたアルトは戦闘に違和感を覚えた。
それは小さな変化。
あるいは、変化の兆し。
「マギカ、下がって!」
アルトは指示を出すが、その声が彼女に届いていない。
これまでダメージが通らなかった鬱憤がかなり溜まっていたのか。鎧を破壊するのに集中しきっている。
だからといって、無理矢理彼女を止められるほどアルトは違和感の正体に気づけずにいる。
どうすべきか……。
まごついているあいだに、事態が一変した。
「ちょ――!」
「――!?」
これまでリオンにご執心だった善魔が、突如マギカに顔を向けた。
既に攻撃態勢となっていたマギカは、拳を振り抜くまで回避に移れない。
コンマ1秒。
僅かな時間。
だが、戦闘では命を数度奪う刹那。
善魔が振り返り様にポールアクスをマギカに振るった。
「く――ッ!!」
アルトは即座に〈マナバースト〉を連発。
善魔に面で攻撃し、スタンで僅かな時間を稼ぐ。
マギカは途中で力を抜き、拳が当たると同時にその衝撃で反転する。
その彼女の眼前を、ポールアクスがすり抜けていった。
マナにものを言わせたアルトの強引な手法がなければ、きっとマギカの顔が水平に真っ二つになっていただろう。
命の危機を回避できたことに、ほっと胸をなで下ろす。
「リオンさん、〈挑発〉は――」
「やってるよ!!」
自慢の〈挑発〉が外れ頭にきているのだろう、リオンががなった。いまの出来事は彼にとっても想定外だったようだ。
しかし外れたのはほんの一瞬。
既に善魔のヘイトはリオンに向かっている。
〈挑発〉が効かなくなった、というわけではない。今も間違いなく作用している。
(マギカがダメージを与えすぎてヘイトを奪ってしまったか?)
いまの一撃で僅かに慎重になったマギカが、小刻みに善魔を攻撃する。
だが、やはり数発撃つとマギカに攻撃を繰り出す。
それもマギカの隙を狙っているようなタイミングで、だ。
「師匠、こいつおかしいぞ!」
「おかしい?」
「〈挑発〉してるのに、俺のこと見てないんだよ」
目があるわけではないので、見ているかどうかアルトには判らない。だが魔物から常にヘイトを受け続けたリオンには、自身が見られているかどうかが判るのだろう。
「勇者であるこの俺から目をそらすなんて百年早いっての!」
憎しみの目を向けられ続ける勇者というのも変な話だが……。
相手は魔者だから、ある意味正しいのか?
「おそらくダメージを与え続けて行動が変化したんだと思われます。モブ男さんはそのままヘイトを稼いでください」
「……待て、なんで呼び名が戻ってんだよ?」
「モブ男さん? 返事は?」
「…………ッケ!!」
ツバを吐くようにリオンは顔をしかめた。
それでも彼はアルトの言うことは聞くようだ。
ありがたいのかなんなのか……。
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