第251話 一人でも倒せるように

 善魔の行動変化でマギカが完全に萎縮してしまっている。

 折角だし、回復薬を飲ませて少し休ませた方が良いだろうか?

 アルトが眺めていると、視線に気づいたマギカが目だけで否を告げる。


 ――戦わせて。


 彼女の瞳には、まだ闘志に燃えている。

 あるいはただの負けん気か。


「仕方ない、わかったよ」


 アルトはマギカの小休止を断念し、戦闘続行を決めた。


 リオンが防ぎ、マギカとアルトが攻撃をする。

 時々善魔の攻撃がマギカやアルトに向けられたが、もうこちらに来ることは予測しているし、マージンもかなり開いているのですぐに対処できる。


 ただ回避優先で攻撃しているため、どうしても削りが鈍くなる。


 10分。20分と戦い続けると、精神力が損耗し、体力も低下していく。

 体の動きが鈍くなり、きっといつか相手の攻撃をまともに食らってしまうかもしれない。

 もしかすると善魔の狙いはそれか?


〈武具破壊〉でダメージが通ることを発見してから30分。

 既に善魔の鎧はズタズタになっていて、籠められたエネルギィも弱まってきている。

 だが、善魔は苦痛や疲労を感じていないかのように、当初とまったく速度も力強さも変わっていない。


 対してマギカはその運動量の多さから、かなり疲労が蓄積しているらしい。当初と比べると速度も力強さもかなり低下してしまっている。


 それを補うように、アルトはより強力に魔術を練り込んでいく。

 1撃だけでオーガを軽くバラバラに出来るほどのマナを放ちながら、〈ハック〉でリオンやマギカの補助をし、要所要所〈滑る床〉で善魔の足を取る。


 同時にアルトの周りには常に〈ハック〉と〈マイン〉スタンバイさせておく。

 咄嗟に〈罠〉を設置しても、発動までにコンマ1・2秒はかかる。

 善魔が本気を出せば、一瞬で攻撃を当てられるだろう。

 そのため善魔がこちらにヘイトを向ても、コンマ1秒も経たずに発動できるよう、〈罠〉を常駐させている。


 いくつものスキルを絡め、常にいくつもの選択肢を同時進行で変化させる。

 アルトの脳が、だんだんと加熱していく。


 もっと出来る。

 まだやれる。


 善魔を攻撃しつつ、その攻撃の端で時間をかけて別の魔術を練り上げる。

 それがアルトが構築できる最大量となったとき――、


 突如善魔が、これまでにない速度でアルトに接近。

 頭上からポールアクスを振り下ろす。


「――クッ!?」


 即座に罠のすべてを発動。

〈ハック〉で自分を押し出し超速回避。


 しかしアルトの意識が若干魔術に傾倒していたため僅かに回避が遅れた。

 コンマ一秒にも満たない間隙。


 リオンは善魔に挑発を続け、

 マギカは右手を腰に引き、必殺の構え。


 振り下ろしたポールアクスがアルトに迫る。

 そのとき、僅かに善魔の攻撃速度が鈍った。


 まるでなにかに意識が逸れたかのような変化に、アルトの体が即時反応。

 練り上げた魔術を一気に放出。


 ドッパァァァァン!!


 衝撃が善魔を吹き飛ばし、その反動がアルトの体を揺さぶった。


「ステラ――」


 その背後で構えていたマギカが、


「マグナム!!」


 宝具の名を口にした。

 途端に膨張した拳が、吹き飛ばされた善魔を迎撃。

 9つの打撃が、その心臓部に直撃した。


 アルトが吹き飛ばした衝撃がゼロになるほどの攻撃に、善魔の胸部がついに崩壊。

 ちょうどアルトとマギカの真ん中で、善魔は音を立てて崩れ落ちた。


「「「………………」」」


 再び善魔が立ち上がって襲って来ないか。3人は固唾を呑んで見守る。

 特にアルトは、前回の善魔のような自爆を警戒した。


 だが、その予兆は現われない。


〈気配察知〉が感応する善魔のエネルギィが、だんだんと微弱になり1分。

 ついにその存在が完全消滅した。


「…………はぁ」


 その吐息は誰の者だったか。

 聞こえると同時に、3人がその場にへたり込んだ。


 ……危ないところだった。

 特に最後の攻撃は、いままでの動きとはまったく違い猛烈な速度だったため、反応し切れなかった。

 おそらくあれが善魔の本気。

 一度見せればすぐに対応される。だからここぞという時の切り札にしていたのだろう。


 自分の防御力を存分に生かした戦い方といい、善魔から知性が感じられた。

 けれど、オーバースペックな体とは正反対に戦い方は素人。まるでキノトグリス初期のリオンのようだった。


 もし相手の練度が高ければ、アルトたちに勝ち目はなかったかもしれない。


 誰も欠けることなく勝てたのは僥倖。

 だが課題もある。


 マギカ曰く、ハンナを助けるためには無数の善魔を倒していかなければいけない。


(今回みたいに、1戦1戦が死闘じゃダメだ。せめて1人でも勝てるくらい強くならなきゃ、ハンナは救えない)


 レベルが上がったからって、満足していてはダメだ。


 強く、速く、もっと上へ。

 もっともっと、遠くまで……。


 ボロボロになった鎧を眺めながら、力への意思を強く滾らせるのだった。




  □ □ □ □ □ ■ □ □ □ □ □




「なん……やて……?」


 回復薬を飲んでゆっくり休憩を取っていたアルトの耳に、まるでいまにも泣き出してしまいそうなほど擦れた声が届いた。


 気配は感じない。

 だがアルトは焦らなかった。その声の持ち主が誰かすぐに気がついたためだ。


「シズカさん?」

「……なんでや? なんで善魔を倒しとるん!?」


 突如目の前に現われた――現われたように見えたシズカが、アルトの胸ぐらを掴んでがくんがくんと頭を振る。


「ちょ、まっ――ひ、シズカさん」

「なんでや!? なんで倒せたんや!? 相手は善魔やったんやろ!? せやったら倒せるはずないんや! 絶対ないんや!!」


 完全にチョークが決まっていて、アルトの意識が少しずつ薄らいでいく。

 現在リオンとマギカは、レベルアップ酔いのため仮眠中。彼女たちに助けを求められない。


「し――」


 死ぬ!!

 アルトの顔が紫色に変色してきたとき、


「ぐぼぁ!!」


 シズカの頬に巨大な魔石が直撃した。

 その魔石の衝撃に、シズカが手を離してジタバタしながら3歩下がりステンと尻を地面に落とす。


「今のは誰の攻撃や!! 怒らんから言うてみぃ!! ぎったんぎったんにしたるわ!!」

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