第249話 最強格の刺客
その一報が届いたとき、シズカは即座に立ち上がった。
社屋出口に向かいながら、奥歯を強く噛みしめる。
ホクトの民の多くが死亡していることは予想していた。
だから生存者報告がないことに、気落ちはすれど焦りは感じていなかった。
しかしいまは違う。
シズカは非常に焦っていた。
まさか善魔まで出張って来ているとは予想していなかった。
だからホクトに任命した守護や武士たちがむざむざ殺されたのか……。
シズカ自前の忍部隊が、敵を見た途端に動けなくなったことから、おそらく相手は上級善魔だろう。
上級善魔は他の善魔や悪魔に比べ能力は段違う。
ただでさえ魔の者は能力が高いのだ。その上更にとなると守護や武士では鼻息で消し飛ばされる。
上級善魔の嫌らしいのが、それだけのステータスがありながら、さらに特殊な能力を秘めているところにある。
たとえば倒した途端に籠められたエネルギィが爆発し、辺り一帯を平地に代えるものや、あるいは攻撃の衝撃を跳ね返すものもいる。
シズカが直接手を下せば、おそらく負けることはない。だが相手の能力を見極めるまでのあいだ、かなり苦戦するだろう。
社屋を出たシズカは北へと移動を開始。
誰の目にも留まらぬ速度で、気配を殺しながら全力で進む。
『変態3名が交戦中。現在、善魔に苦戦。勝てる見込みは皆無』
忍の長がそう見立てたのであれば間違いない。
いまのアルト達では勝てる要素は一つもない。
急がなければ!!
シズカは1歩毎に地面を割りながら、北の港にひた走る。
その高い身体能力にものを言わせた結果、既に彼女の速度は亜音速にまで達している。
あの3人は千数百年経ってやっとシズカが目撃した世界の種子。
神々が待ち望んだ変革の兆しなのだ。
種族固有スキルを1つ開放し、シズカはさらに加速する。
絶対に、潰させはしない!
港に集まっている武士や足軽達を飛び越え、海の上を走り、低レベルの魔物がごった返す北島を、シズカは一心不乱に駆け抜け、そしてついにホクトにたどり付く。
アルトは、マギカは、リオンは?
無事だろうか!?
頼むから、無事でいてくれ!!
報告にあった戦闘場所の城に向かうなか、シズカは内心焦燥感が増していく。
戦闘の音が聞こえない。
殺気が感じられない。
あまりに、静かすぎる。
もしかしてもう……。
彼女は速度を落とし、固有スキルを停止して、気配を遮断。
城の門をくぐり、祈るようにその場へとたどり付いた。
□ □ □ □ □ ■ □ □ □ □ □
リオンの腹が無残に切り裂かれ、上と下とが地面に転がる。
その予想は、しかし現実には起らなかった。
――イィィィン!!
先ほどまで垂れ下がっていたはずのリオンの盾が、善魔の攻撃を防いだのだ。
「…………やっと掴んだぜ」
その声には、危機的状況に怯える色は一切ない。
立ち向かうべき相手に、立ち向かうだけの力が得られた。
その自信が満ち満ちていた。
リオンの無事にアルトはほっと息を吐き出した。
それと同時に、何故不意打ちを防げたのだろう? とも思う。
攻撃を受け止めたとき、リオンの腕は間違いなくズタズタだった。
だが今は……。
「……ああ、なるほど」
リオンが掴んだ物がなにか分かったアルトは、彼に向けて親指を立てた。
「リオンさんナイス! さすが勇者!!」
「だろッ!? 俺、いま輝いてるよな!?」
「……え、いや」
「なんでそこで口ごもるんだよ!? いいとこ見せたんだから、素直に褒めろよ!!」
ムキになってアルトにがなり立てるが、その間もリオンは善魔の攻撃を弾き続けている。
普通に受け止めれば潰されるだろう攻撃を、何故受け止められているのか?
秘密は盾の角度にあった。
真正面から盾で受け止めれば、衝撃が直接肉体に影響を及ぼす。
だが盾に僅かに角度を付ければ、直接受けるはずだったダメージの何割かを受け流すことが出来る。
一言で言えば、受け流し。
――初歩的な技だ。
されど、ハイレベルな戦場においては、決して馬鹿に出来ない重要な技となる。
実際、受け流しを使ったリオンは何度攻撃を食らおうとも、潰れることなく前衛を維持している。
あえて口には出さないが、
(今日ほどリオンさんを頼もしく思ったことはないよ!)
口にすればたぶん調子にのって潰れるから……。
リオンがデッドゾーンから外れると、それまで妨害に徹していたマギカが火力を底上げした。
カンカン、善魔の鎧が響き渡る。
殴る度にマギカの鉄拳から拳が飛び散る。
既にマギカの顔には、無数の血が斑となっている。
カン――ッ。
カン――ッ。
…………思い出した。
そうか、そうだった。
「マギカ――!」
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