第34話 そうして運命はまた切り替わる

 宝具を受けた悪魔は、生命力が全て削られたのだろう。

 砂が風に攫われるように、体が崩れて消えた。


 悪魔が消えると同時に、アルトを束縛していた〝魔法〟が消えた。


「……ふぅ」


 アルトはレベルアップによる目眩を覚えつつ、ゆっくりと立ち上がる。


 今回の戦いは、かなり良い経験になった。

 特に、魔法で体が動かなくなっても、戦えるとわかったことは大きい。


 魔法の強制力を最後まではね除けられなかったのは残念だが、前回のような状況だけは避けられそうだ。


 アルトが悪魔戦の反省を行っていると、マギカが近づいて来た。


 魔物にもっともダメージを与えた者が、魔物からの経験値を多く取得する。

 今回の戦いでは、マギカが相当多く経験を取得しているはずだ。


 だが彼女からは、レベルアップ酔いの雰囲気が感じられない。

 低級悪魔程度を倒しただけでは、そこまでレベルが上がらなくなっているのだ。


(一体、どれくらいレベルアップしたんだろう……)


「アルト。助かった」

「ん?」

「戦闘中。なにか、スキルを使ってた。それで、何度も助けられた」

「ああ。気付いてたんだ」

「当然。あれに気付かないほど馬鹿じゃない」


 マギカがぷくっと頬を膨らませる。

 もう! と言うように耳が左右にパタタと揺れた。


「アルトは、何をした?」

「実は、新しいスキルを覚えてさ」


 そう言うと、アルトは地面に落ちていた石めがけてスキルを発動する。


「〈ハック〉」


 スキルが発動すると、石がひとりでに動き出した。

 まるでバネで押し出されたかのように転がり、すぐに減速して停止した。


 この〈ハック〉は、対象物に働きかけるスキルだ。

 込めた力の分だけ、対象を望みの方向に移動させられる。


 これだけでは、あまり価値のないスキルだ。

 物を移動したければ手で押した方が早いし、魔力も使わない。

 使い勝手も〈風魔術〉と同じだ。

 動かすだけなら、〈ハック〉である必要はない。


 このスキルの最も優れた点は、任意の座標にあらかじめ〝置ける〟ところだ。

〈グレイブ〉の落とし穴のように、〈ハック〉は相手が触れて、はじめて発動する。


 戦闘中に用いると、〈ハック〉はさらに輝きを放つ。


 相手の攻撃に当てるとミスを誘発させられるし、回避する方向に置けば、逆向きに押し出し被弾を誘う。

 対策を講じなければ先ほどの悪魔のように、自らの攻撃は一切届かず、相手からの攻撃を一方的に受け続ける。


 設置した〈ハック〉は、アルト以外には目に見えない。

 まだレベルが低いせいで、薄らマナが漏れ出してしまっているし、一度に設置出来る数も3つが限界だ。


 しかしそれらの問題は、熟練度やレベルさえ上げれば改善出来る。


 これを上手く使いこなせば、戦場を支配出来る。

 そう、アルトは確信している。


「……とんでもないスキル」


 いつもは無表情のマギカの顔が、大きく引きつった。アルトの実演で、スキルの可能性を深くまで読み取ったようだ。


 魔法が解けたことで、現場は騒然となった。

 住民がパニックに陥り、逃げ惑っている。


 戦闘に気付いた衛兵や冒険者たちが続々と駆けつけているが、逃げ惑う人に阻まれて上手く進めていない。


 それらの光景を眺めながら、アルトは街を見回した。


 悪魔との激闘の衝撃が、あちこちに深く刻まれている。

 変色した外壁や、ガラス化したレンガ、倒壊した建物……。キノトグリスの美しい街並みが、一瞬にして無惨な姿になってしまった。


 その光景を眺めていると、アルトはふと前世の記憶を思い出した。


(……そういえば)


 アルトが初めてキノトグリスに来た時、あまり綺麗ではない印象を持った。

 それは街の建物の半分ほどが、痛んでいたせいだ。

 外壁が割れていたり、黒ずんでいたり、レンガが崩れていたり……。


(もしかして、前世でキノトグリスが少し壊れてたのって、悪魔の襲撃があったからじゃ!?)


 全身が凍り付く。


 前世の記憶で兆候を掴んでいたにも拘わらず、アルトはキノトグリス襲撃の可能性を考えもしなかった。


 それは、前世のアルトが大きな街を訪れるのが初めてだったこともある。

 初めて見るから、街が壊れていても、これが普通なのだと思ってしまった。


 それにプラスして、襲撃の痕跡は目にしたが、『悪魔が襲撃した』という情報は掴んでいなかった。


(たぶん、僕が10歳になる頃には、この事件は風化してたんだろうな……)


 襲撃直後なら、人々は事件について黙ってはいられない。

 だが1年、2年と経つうちに、だんだんと話題に上がらなくなってくる。


 そして、誰かが尋ねなければ、思い出さなくなる。

 壊れた街並みだって、時間とともに日常の一部になって、いつしか当たり前の光景になってしまうものなのだ。


 だが、もし襲撃がある可能性について、少しでも考慮していれば――。


(予め対策を立てられたし、ここまでギリギリの戦いにはならなかった)


 もし今回マギカが近くにいなければ、アルトは身動きを封じられた中で悪魔と戦わなければならないところだった。


 アルトの背中に冷や汗が流れる。


(あ、危なかったあ!)


 今回、悪魔が出現する前にマギカに出会えた事は、本当に僥倖だった。

 タイミング的に、間一髪だった。


 安堵の息を吐くと同時に、落胆もする。


「まだまだ、一人じゃなんにも出来ないな……」


 あの魔術士を倒すために、アルトは必死に努力を重ねてきた。

 道はまだ半ばだ。


 強くなっても、出来ないことは山ほどある。

 強くなればなるほど、出来ないことが増えて行く気がする。


「そんなことない」


 落ち込むアルトに、マギカが言った。


「アルトは、強い。アルトがいなかったら、危なかった」

「……ありがとう」


 その言葉だけで、アルトはほんの少し、楽になれた。


「被害は軽微だし、良かったといえば良かったのかな……」

「悪魔が相手。倒せただけで、すごいこと」

「うん、そうだね」


 前世に比べて、被害を受けた範囲がかなり狭まっている。

 前回よりも今回の方が、上手く悪魔を滅ぼせたということだ。


「んっ」

「うん?」


 マギカが手を高く上げる。

 なにを言わんとしているのか判らず、アルトは首を傾げた。


「ん!」

「……ああ」


 彼女の意図に気がつき、アルトも手を伸ばす。


「ないすふぁいと」

「マギカもね」


 二人の掌が交わり、パンと小気味よい音を立てたのだった。


>>【Pt】0→1

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