第33話 世界に響け夢幻の拳

 攻撃した手応えから、マギカは相手が上位存在(あくま)であることに気がついた。


(全然、普通じゃない)


 手応えがほとんどない。

 プラントオーガでさえ、攻撃した感覚はあった。


 まるで、質量のある霞でも殴った気分だった。


(攻撃は、通じてるの?)

(それとも、無傷?)


 立ち上がった悪魔を見ても、ダメージを負ったようには見えない。

 かといって、悪魔はこの世の存在とは決定的に違う。


 普通の生命体ではなく、受肉した精神体だ。

 無傷に見えて、ダメージを負っている可能性はある。


(とにかく、攻め続けないと!)


 相手の態勢が整う前に、マギカは一気に駆け寄った。


 縮地で接近。

 ステップで揺さぶり、連続攻撃。


「――ッ!?」


 危険を察知し回避。

 目の前を、悪魔の爪が通り抜ける。


 マギカの前髪が数本、はらりと落ちた。


 風圧で、この威力。

 直撃すれば、ひとたまりもない。


 マギカの背中に、冷たい汗が流れ落ちる。


「はぁ……はぁ……」


 悪魔から感じるプレッシャーが、とてつもない。

 懐に踏み込んだだけで、息が上がる。


「すぅ……」


 呼吸を整え、再び攻撃を行う。


 低い位置から脇腹をフック。

 体の回転を活かして連撃。

 ジャブ、ステップ、瞬速撃。


 目にも留まらぬ攻撃で、相手に反撃を許さない。


(このまま、行く!)


 さらなる攻撃を行おうと、一歩前に踏み込んだ。

 その瞬間、目の前が真っ赤に染まった。


「■■■■■ッ!」

「くっ!」


 至近距離で覇気を当てられ、マギカは後方に吹き飛んだ。

 尾を使って空中で一回転。

 素早く態勢を立て直す。


 だがその時にはもう、悪魔は既に攻撃姿勢を取っていた。


 膨れ上がるマナ。

 掌からこぼれ落ちる紅蓮の炎。


(間にあわ――)


 回避を諦め、マギカは前で腕を交差させた。

 次の瞬間。


 ――ドッ!!


 空気が燃えるような音とともに、悪魔が〈ファイアボール〉を撃ち放った。


「……?」


 身構えたマギカだったが、魔術がやってこない。

 腕のガードの隙間から、そっと前を伺う。


 マギカの前には、悪魔がいた。

 先ほど放った魔術は、綺麗さっぱり消えている。


(ま、魔術は!?)


 慌てて視界を広げる。

 すると、マギカは直上に赤い光を感じた。


 目だけで上を見る。

 マギカから五十メートル程の上空に、人間を三人飲み込んで余りあるほどの〈ファイアボール〉が浮かんでいた。


「……えっ?」


 何故そんなところに?

 戦闘中だというのに、マギカはつい呆けてしまった。


 次の瞬間。

 ――ボッ!!


〈ファイアボール〉が轟音とともに拡散(バースト)した。

 もしこれが街中で引き起こされていれば、一体どれほどの死者が出たことか。


「マギカ、前ッ!!」

「――!」


 アルトの声に、マギカは我を取り戻す。

 眼前には既に悪魔が迫っている。

 即座に態勢を整え、迎撃。


 ――反撃(カウンター)。

 深々と、マギカの拳が突き刺さる。


 殴り、蹴り、避けて、連撃。

 流れる体、奮い立つ拳。

 マギカは悪魔を攻撃する。


 そんな中、頭の中では先ほどの不可思議な現象について考えていた。


(あれは、なに? なにが起こった?)


 マギカの攻撃が、次々と悪魔にヒットしていく。

 初めの頃に比べ、急所への直撃回数がどんどん増えていく。


(……なにか、変)


 急所に当たりやすくなっているのは、マギカが悪魔の動きに慣れてきたこともある。

 だが、それだけでは説明出来ない。


「――ハッ!!」


 裂帛の声とともに、マギカが拳を振り抜いた。

 瞬間、少し態勢がぶれた。

 このままでは攻撃が空振ってしまう。


 その時だった。

 悪魔の体が、直撃コースへと流れた。


 ――ドフッ!!


 拳が、鳩尾に深々と食い込んだ。


「――■ッ!?」


 苦悶の声を上げた悪魔が、後方へと吹き飛ばされる。


(おかしい)


 今の悪魔の動きは、明らかにおかしかった。

 通常であれば、マギカの拳を回避するように動く。

 直撃する方向に避けるなどあり得ない。


 それが、何故か直撃コースに向かって動いた。


(私を翻弄してる?)


 ――いや、違う。

 マギカはすぐにその考えを否定する。


 悪魔が動く時、決まって空気中に含まれるマナの濃度が僅かに変化する。

 悪魔に攻撃が直撃しても、微かに濃度の違いが残留し続けた。


 そのマナが、悪魔の体を強制的に動かしているのだ。


(一体、誰が……)


 マギカの頭に、少年の顔が浮かんだ。その時だった。


「■■■■■■■ッ!!」


 未だかつて無いほど、悪魔がマナを練り上げていく。

 空気中にあふれ出したマナに、マギカの尾がビリビリと逆立った。


(これを、発動させてはいけない!)


 マギカはなりふり構わず、全力で動いた。


 縮地、縮地、縮地。

 あと五メートル。


 もうすぐ手が届く、その前に、

 ――悪魔が、嗤った。


「■■■■■■■■■ッッ!!」


 付き出した両手から、業火があふれ出す。

 先ほどの何倍もある巨大な炎が、マギカ目がけて吹き出した。


(死――)


 マギカは、自らの死を確信した。


 死ぬときは、前のめりで。

 死の瞬間まで、決して現実から目を背けない。


 奥歯を食いしばり、マギカは自らを殺した悪魔を睨み付ける。


 だが、炎は急激に方向を変えた。

 まるでなにかに吸い込まれるように、炎が上昇していく。


「――ええっ!?」


 あまりに不自然すぎる動きだ。

 いまの魔術がほんの1メートルでも前に進んでいれば、マギカは死んでいたのだ。

 そのチャンスを逃してまで、この悪魔はなにがやりたいんだ?


(まさか、ただの示威行為?)


 困惑するマギカの背中に声がかかった。


「マギカ、いまだ! 全力攻撃!!」

「――ッ!」


 アルトの声で、確信した。

 魔術の方向をねじ曲げたのは、悪魔の体を動かし続けていたのは、アルトだ。

 アルトがずっと、マギカを助けてくれていたのだ。


 ――ならば、その声に応えよう。


 マギカの拳で、みるみるマナが膨張する。


 其の前には影がなく、

 其の後にも幻はない。


 この世に遍く多くの者は、こう呼ぶだろう。

 不変の武器を、その力を。


「宝具(アーティファクト)発動――《瞬け星よ夢幻の拳ステラ・マグナム》ッ!!」


 瞬間、拳が瞬いた。

 大技を放ち、硬直が生まれた悪魔に向けて、光の拳を乱れ打つ。


 ――ドドドドドドドドドッ!!


 九つの拳撃は、一つも外れることなく悪魔の急所すべてに突き刺さったのだった。

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