第58話 結果発表

 試験1日目・2日目の技能試験が終わったあと、リオンは「まさに勇者らしい結果だったぜ!」とか「また伝説を作ってしまった自分が怖い……」などと言って調子に乗っていた。

 実技がよほど上手くいったようだ。


 しかし3日目の筆記試験の後、彼は死んだように口から魂を吐き出した。


「…………ナニ……アレ。キイテナイゼ」


 どうやら筆記試験で爆死したらしい。


「やっぱり数学が駄目だったんですか?」


 ずっとアルトの部屋の机に突っ伏しているので、仕方なくリオンに問うた。

 いつもの聞いてよオーラは出ていない。口から出てはいけないものが出ているが……。


 試験問題に手も足も出なくて、本気で落ち込んでいるようだ。


「数学は……聞いてたぜ? 難しいって。けど、語学。アレはなんだ? 語学って嘘でだろ」

「言葉の定義の問題ですから、語学で間違いありませんよ」


「『人類の文化の進化以外で、習慣や技能、物語といった人から人へと移りゆく様々な情報について800字程度の小論文を書きなさい』って問題のドコが語学だよ!? ってかまず問題がわからねぇよ!! これ本当にフォルテルニア語か!?」


「その問題は、フォルテミス教の教義を交えて書くと点数がもらえるみたいですよ」

「……なあ、薄々気付いてたけど、もしかして師匠って頭良いのか?」

「どこぞの勇者よりは良いですよ」

「ぐぬぬ」


 言い返せないリオンがギリギリと歯ぎしりをする。


 アルトは決して、頭が良いわけではない。

 問題が解けたのは、前世での経験があったからだ。


 前世のアルトは、事前知識なく合格した。


 合格出来たのは、その当時の天賦が識才だったためだ。

 この天賦の固有スキルが『知識の貯蔵』と、テスト問題との相性がすこぶる良かった。


 学んだ事のほとんどを、スキルで呼び覚ませるため、アルトは平民ながら宮廷学校に一発で合格出来た。


 今世でも、前世と同様の回答を書き込んだ。

 レベルが上がり、知力が増加したおかげか、アルトは過去問をハッキリと思い出せた。


 途中、今から数年後に発表される理論を利用させてもらったが、基本的には前回と同じ回答を書き込んでいる。

 今世でも試験に合格するはずだ。


 ぷるぷると気持ちよさそうに体を震わせるルゥを撫でていると、「うがぁぁ」とリオンが突然声を上げて立ち上がった。


「なんで師匠はそんなに余裕なんだよ」

「僕は満点ですからね」

「自慢か? 自慢なんだな!? ぐぎぎぎぎ……」


 ハンカチを噛み千切りそうなほど、リオンは歯を擦り合わせる。


「見てろよ! 俺だって宮廷学校の試験程度、合格してやるからな!!」


 そう豪語したリオンだったが、その日から合格発表当日まで「落ちたらどうしよう」とおろおろする日を過ごしたのだった。



  □ □ □ □ □ ■ □ □ □ □ □



 合格発表の日。

 宮廷学校の敷地内は、何千もの人であふれかえっていた。

 アルトたちも中に混じり、合格者名簿が張り出されるのを待つ。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛。緊張してきた」

「大丈夫ですよ。この試験ですべての人生が決まるわけではありませんから」

「師匠は余裕だなあ。人生は決まらないかもしれないけど、試験に落ちたら俺、どうすれば良いんだよ?」

「冒険者として生活すれば良いのでは? 勇者ですよね、モブ男さん」

「勇者だけどよぉ。師匠がそこにいないからやだよ」


 不意を突かれ、アルトは答えに窮した。


(だからなんでこう、僕を慕うのか――)


「師匠がいないと、俺が楽できないだろ!」

「……」


(前言撤回)

(こいつは落ちろ)

(試験だけじゃなく、地獄にも落ちろ)


「ほら、勇者っていうのはやっぱりパーティを組むもんだろ? 俺が勇者、マギカが武闘家、そして師匠が魔法使い。バランス良いパーティだな!」

「そのパーティ、ヒーラーがいませんね」


 バランスとは?

 アルトはげんなりとしてため息を吐いた。


 そのとき、校舎から大きな竹紙を持った教師が現れた。

 アルトは教師が持つ紙を注視する。


 竹紙が掲示板に貼られると、辺りに重苦しい沈黙が漂い始めた。


 合格者名簿にはA~Dまでのアルファベットが書かれたグループに、それぞれ5桁の番号が書き込まれている。


 数字は受験番号。アルファベットは合格者を順位別にグループ分けしたものだ。

 Aには最も成績優秀な者が纏められ、Dにはギリギリ合格した者が纏められる。


 前世のアルトは真っ先にAにもBにも番号がなかった。

 落ちたと思ったら、Dの一番下に番号があったのでとても手に汗を握ったものだった。


 今回はすぐに自分の番号を見つけた。


「ふぅ……」


 口からため息が漏れた。

 大丈夫だとは思っていたけれど、やはり緊張していたのだ。


(良かった……)

(これで前世と同じ立場でハンナに会える)


「…………あった」


 隣のリオンも、やや感動に潤んだ声を発した。どうやら彼も合格したようだ。


「師匠、俺の番号があったぞ!! ほら、Cの欄を見てくれ!!」

「なぬっ!?」


 予想外の順位に、アルトは慌てた。


 Cグループは、Dグループよりも順位が高い。

 つまり彼はアルトよりも、優秀な成績で合格したということだ。


(まさか、僕よりも順位が高いだと!?)


「師匠は?」

「……あったよ、もちろん」

「師匠の番号、どこにあるんだ?」

「ほら」


 本当は嫌だったが、隠して絡まれても嫌だ。

 素直に番号を開示する。


「……D? っぷ……ッップー!! くすくす!! 師匠、おまえあんだけ散々大口を叩いておいて、俺よりも……順位……下……ふひっ……クスクス。やめてくれよ、師匠、俺の腹筋、破壊するつもりか!?」


 この場所には受験生の大半が集まっている。

 その中で受かるのはたったの100名だ。


 ここに集まった受験者のほとんどが不合格である。


(……よくこんな中で爆笑しつづけられるなぁ)


 やはりリオンの心は、大量の毛で覆われているに違いない。


「なあ、最下位ってどんな気持ち? なあどんな気持――」

「うるさい」

「ンガッ!」


 アルトのまわりをぐるぐるまわるリオンの頭にゲンコツが落ちた。

 落としたのはマギカだ。


(頭蓋骨が割れるような音が聞こえたけど大丈夫かな?)


「なにすんだよ!?」


 大丈夫だった。

 本当にアホみたいに回復力が早い。


 一瞬、頭がイケナイへこみ方をしていたのだが、すでに痕は完璧に消えている。


「黙れ」

「ヒエッ!」


 マギカの静かな一喝で、リオンが震え上がった。

 ここには試験に落ちた約九千超の受験生がいる。考えなしに声高に笑い声を上げるのは、落ちた人達に失礼だ。


「もう少し周りに気を遣うべき」

「そうそう、その通り」

「周りの人はみんな落ちてる。可哀想」

「マギカそれトドメ……」


 マギカの口から無慈悲な一言(いちげき)。

 不合格者たちの心が折れる音が響いた。


 まるで潮が引くように、すぅーっと周りから人が消えていく。


(可哀想に……)


「ところでマギカ、ランクは? まさか師匠と同じD? プーックスクス!!」


 本当にくびり殺してやろうか?

 アルトはこめかみに青筋を浮かべて耐える。


「私はA」

「は?」

「だから、A」

「胸が――んぎゃぁぁぁ!?」


 リオンの頭が凹んだ。

 口は災いの元である。


「私は特待生になった」

「「…………えっ!?」」


 アルトとリオンの声が重なった。

 即座にマギカに受験番号を見せて貰い、その数字を探す。


「……あった。しかも上から5番目だ」

「うわぁ…………」


 マギカは無表情のまま、しかししっぽが悠然と横に揺れている。どうやら順位がお気に召したようだ。


「師匠、敗者の弁をどうぞ」

「それじゃあみんな合格したことですし、制服を買いにいきましょうか」

「ちょ、おい師匠、話を逸らすなよ!」


 リオンの追求を無視して歩き出した。

 アルトは何故自分がDランクだったのかを知っている。


 王立宮廷学校は、貴種を重んじている。

 そのため、平民や農民には厳しい審査基準が設けられているのだ。


 万が一審査基準をクリアしても、特定ランクより上にはならない。

 農民だとD、平民だとCランクまでだ。


 貴族であれば、家柄次第で宰相にまで出世出来る。

 しかし農民や平民は、出世しても平の宮廷職員まで。国の重役には決してなれない。


 王立宮廷学校が国のエリートを育む学校である以上、将来性が重視されるのも仕方がないのだ。


 それを知っていても、アルトはリオンに伝えられない。

 どこからその情報を仕入れたのかが問題になるからだ。


 今世のアルトは学校の内情を知らない。

 だから、はぐらかすしかなかった。


「制服って、俺も着るのか? この年で学ランはちょっと……」

「学校の制服はローブですよ」

「ホグワーツみたいな?」

「なんですかそれは」

「地球(こっち)で有名だったんだよ。まあ、聞くより見るのが早いか。ほら、さっさと買い出しに行くぞ!」

「あっ、ちょっ――」


 問答無用。

 アルトの腕を、リオンが引っ張りずんずん進んでいく。

 しばらく歩き、服飾店の並ぶ第2都心までやって来たとき、満面の笑みを浮かべたリオンが口を開いた。


「んで? 制服はどこに行けば買えるんだ?」

「……宮廷学校の、正面のお店です」

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