第59話 制服仕立て店
「知ってるのに言ってくれないなんて、師匠は人が悪いぜ」
「僕の話も聞かずに、突っ走る人の方が悪いと思います」
アルトたちは来た道を引き返し、服飾店に入る。
そこは宮廷学校専用の品がずらっと並ぶお店だった。
制服から筆記用具、初心者用の武具も扱っている。
学校の授業で使うだろうものは、一通り扱っているのだ。
まず制服を試着し、サイズを測って細かくお直しを依頼した。
しばらく店内をぶらぶらしていると、リオンとマギカの衣装合わせが終わった。
リオンはどこか浮かれたような顔つきになっている。
かわってマギカは、いつも通り無表情だが耳が蕩けている。
制服がちょっと恥ずかしかったのかもしれない。
「お会計は別々でしょうか?」
「……げっ!」
会計と聞いたリオンが固まった。
「別々でお願いします」
「では、お一人あたり金貨1枚となります」
「はぁぁぁぁぁ――ゴブッ!!」
突然素っ頓狂な声を出したリオンの脳天に、マギカの拳が炸裂した。
「うるさい」
「す、すんません……」
出来の悪い兄と、それを叱る出来の良い妹といった構図に見える。
もちろん兄はリオンだ。彼はマギカよりも見た目も年齢も上である。
『ほんとに、お兄ちゃんってダメな人ね……』と言うようなすまし顔のマギカが、財布から金貨一枚を取り出して店員に渡した。
店員が金貨を手にして目を丸くする。
「モブ男さん、お金貸しましょうか?」
「う…………」
いつもならすぐに『貸して!』と言うのだが、今回は若干渋っている。
なにか心変わりがあったのか。
「なあ、店員さん。このお店はツケられるか?」
「え? ええ。宮廷学校の生徒さんなら、商品引き渡しの際のお支払いが可能です」
実のところ、即金で支払う貴族はかなり少ない。
先ほどマギカがお金を支払ったとき、店員が驚いたのがその証左だ。
貴族は公人だ。
領地から税金を得たり、国で集めた税を予算分配で貰い、生計を成り立たせている。
そのお金で使用人を雇い、領地を経営し、建物を維持し、客をもてなしている。
商店などの経営を行っていない限りは、貴族に自由なお金はない。
なので、こうしたツケ制度が必要になる。
貧しい貴族などは、家財を売ってでもお金を用意するようだ。
「ならそれでお願い」
リオンは一も二もなくツケを選んだ。
(どうするつもりだろう?)
首を傾げたアルトの腕が、突然リオンに掴まれた。
「師匠、行くぞ」
「へっ? どこに?」
「決まってるだろ、キノトグリスだよ! 迷宮で稼ぐぞ!!」
「いやいやいや。往復だけでかなり時間かかり――というかモブ男さん、キノトグリスを追放されたじゃないですか?」
「あっ――」
忘れてたらしい。
しまった! という言葉がリオンの顔に浮かんだ。
「じゃ、じゃあ首都周辺の魔物を乱獲するぞ!! このままじゃ支払いが出来ない!」
「いえ、でしたら僕がお金を――」
「それじゃダメなんだよ!」
驚いたことに、リオンがアルトの助けを断った。
いつもならば、アルトが援助を申し出る前に支援を要求するリオンが、だ。
「なにか、悪いものでも食べましたか?」
「なんだよその反応は」
「いえ。いつものモブ男さんの態度からはかけ離れているので……」
「失礼な! 俺は勇者だ。師匠に借りっぱなしは嫌なんだよ。宿代も受験費用も、師匠に出してもらってるのに、さらに制服代も出しては貰えない」
「おお……」
リオンの言葉に、アルトは感動する。
彼の口から出て来たものとは思えないほど真っ当だ。
(明日は槍が降るかもな)
「モブ男さん、ここのお金は立て替え――」
「いいんだ、皆まで言うな。いままでの俺は非力だった。けれど、迷宮に籠もって変ったんだ。師匠に、変えて貰ったんだよ! その恩を、いまここで晴らすべきだと思うんだ!!」
妙なスイッチが入ってしまった。
拳を握りしめたリオンが、熱の入った口調で力説し悦に浸っている。
(――って、『晴らす』のは『恨み』では?)
「というわけで行くぞ! まずは冒険者ギルドで依頼チェックだな! ほら、ぼさっとしてないで一緒に来い」
「いえモブ男さん。僕はお金が足りてますので、わざわざ稼ぎに行かなくても――」
「弟子1人都会の砂漠に放り出す気か? 師匠も一緒に来いよ。制服なんて逃げないんだから、俺のお金が貯まってから買えば良いだろ? ほらほら!」
結局のところ、彼はアルトに頼る気満々だった。
こうなったらもう止まらない。
マギカが『がんばってねー(棒)』と、生暖かい視線を受ける。
彼女には、アルトを助けるつもりが毛頭無いようだ。
(はあ。仕方ない……)
後のことはマギカに任せ、アルトは引きずられるがままリオンに連れ去られていくのだった。
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