第60話 一発でお金になるクエストは?

 ギルドに張り出されている依頼を見ながら、リオンがうんうんと唸る。


 はじめ、彼は街の外に出て魔物を乱獲しようとした。

 乱獲はキノトグリスのダンジョンで散々行って来た。それをこの地でも行うつもりだったようだ。


 しかし、ここは王国の首都ユーフォニアである。

 貴族の警備は万全。ゴブリンからオークに至るまで、見敵即殺されるため、王都周辺ではまず魔物を見かけない。


 王都の周辺に魔物がいないとなると、今度は遠くまで足を伸ばさなくてはいけない。

 しかし時間を掛けて遠出した結果、ゴブリンにしか出会わなければ全く割に合わない。


 ……というわけで、依頼である。

 どこにどんな魔物がいるか、討伐依頼で見当を付けておく。

 うまくいけば、魔物の素材と依頼料で沢山儲けられる。


 しかしながら、冒険者とは別名博打師(ギャンブラー)とも呼ばれる。

 一攫千金を手にするためには、実力だけでなくかなりの運が必要になる。


「――おっ、この依頼なんてどうだ?」


 リオンが何枚もある中の一枚を指さした。


「ええと……、北の山に生息するファイアドラゴンを討伐してください?」


 ――ゴッ!

 無意識に、アルトはリオンの頭を殴っていた。


「な、なにすんだよ!?」

「すみません。つい反射的に殴ってしまいました。悪気はありません」

「確かに悪意はなかったな」


 頭をさすりながらも、リオンはもうアルトに殴られたことを忘れている。

 器が大きいというか、図太いというか。とにかく凄い奴である。


「で、ドラゴンは駄目なのか? これを倒すだけで金貨10枚だぜ? そこから出る魔石とか素材の代金が入らずにコレだ。ひと月も掛からずに、コイツを倒せば一発で制服のお金が貯まるだろ」

「ええと、いいですかモブ男さん。いまいるドラゴンは、神代戦争を生き延びた伝説の存在と言われています」

「ふぅん?」


 あまりぱっとしない顔で鼻を鳴らす。

 その凄さがあまり想像出来ないようだ。


「勇者の俺も伝説の存在だが?」

「…………」リオンの言葉を全力で無視。「自分のステータスを頭に思い浮かべてください。ああ、口にしなくても結構ですからね」


 諭すようなアルトの言葉に、リオンが目を閉じた。

 瞼の裏に現在のステータスを思い描いているのだろう。


「次はドラゴン。僕の予想を各ステータスに当てはめるとこうなります」



【種族】ドラゴン 【Lv】平均60

【筋力】約6000 【体力】約8000

【敏捷】約1800 【魔力】約4000

【精神力】約6000 【知力】約4000



 それは前世で、ドラゴンと戦ったアルトの経験を元に、数値化したものだ。

 当時、アルトはレベル上限である99だったが、ドラゴンには一切歯が立たなかった。


『あれは人間が戦うものじゃない』

 これが、アルトが得た教訓である。


「どうです? 勝てそうですか?」

「…………(ふるふる)」


 1匹で国を落とせる。

 ドラゴンとは、まさに一騎当千の存在なのだ。


 伊達に神代戦争を生き伸びてはいないのだ。

 ちなみにアルトはドラゴンよりレベルが高いのだが――、



【名前】アルト 【Lv】70 【存在力】☆

【職業】作業員 【天賦】創造

【筋力】560      【体力】392

【敏捷】280(+150) 【魔力】2240(+100)

【精神力】1960(+50)【知力】1005



 比較すると、ドラゴンの異様さが分かる。


 さすがのリオンでも、これでドラゴンの怖さがよく分かったはず――


「あ、でも俺の体力の方が高いな。さすがは俺! 早速ドラゴンを倒して勇者だけでなく、ドラゴンキラーの称号を――ゴバッ!!」


 再び殴って阿呆(リオン)を黙らせる。

 レベル99で、スキルの練度もかなり上げた前世のアルトが、逃げるので精一杯だったような相手だ。

 逆鱗に触れたら、自分たちが殺されるだけでなく王都が灰燼に帰す。

 勢いだけで討伐に乗り出そうとするのは辞めて頂きたい。


 ドラゴンを討伐するとなると、まず高レベルの人材を何名もつぎ込んで討伐隊を組む。その上で作戦をしっかりたてて巧妙に追い込まないと、戦いにすらならない。


 広範囲殲滅攻撃が主体のドラゴンだと、生半可な戦力、生半可な作戦では太刀打ちできないのだ。


 ドラゴンの素材は魅力的だが、討伐して手に入れようとすると割に合わないのが実情だ。


(けど、依頼に龍種とは珍しいな……)


 あまり目撃されることがなく、目撃されても討伐依頼が出るような魔物ではない。

 ドラゴンは積極的に人と争わないためだ。


「うーん。師匠が言うことが本当なら、この金額はおかしいよな?」

「……というと?」

「明らかに安すぎる。依頼の難易度に、対価が釣り合ってないぞ」


 さすがは元ギルド職員だ。

 ――が、ドラゴンの情報くらい、ギルド職員だったなら知ってて欲しい。


「モブ男さんの言う通りですね。偽情報でしょうか?」

「それなら監査室で弾かれるぜ。あそこ、偽情報には厳しいからな。依頼の金額も、高いだの安いだの、いちいち口出すんだぜ?」


 リオンが珍しく嫌悪感を滲ませた。

 彼が嫌うとは相当である。

 どうやらギルドの監査は、組織の嫌われ者だったようだ。


「とすると……」


 ギルドには、ドラゴンではないと分かった上で、この依頼を掲示しなければいけない諸事情があるのだ。


「依頼が失敗した場合は――特になし、か」

「妥当だな。もしこれで失敗には制裁金が発生するなんて書いてあったら、絶対に誰も引き受けないぜ」


 リオンの言う通り。

 これは物見遊山が無謀にもチャレンジすることで、初めて成り立つ依頼である。


 制裁を付ければ、誰一人依頼を受けようと思う人はいない。


「目的地まで2日。往復で4日の依頼ですが、試しに受けてみますか?」

「いいのか? 相手はドラゴンかもしれないんだろ?」

「もしドラゴンであれば、全力で逃げればいいだけですよ。依頼が達成できなくても、北の山までいけばオークくらいの魔物はいるでしょうしね」


「おっけ! じゃあ、これ受けてくる!」

「あ、リオンさん。1つ伺いますが――」


 ドラゴンの名が出て驚いたせいで、きちんと依頼の中身を見ていなかった。

 アルトはリオンを引き留める。


「その依頼、受領可能な冒険者階級はいくつになっていますか?」

「ん、Bだけど?」

「あー。じゃあ無理ですね。残念ですが、諦めましょう」


 冒険者階級によって受けられる依頼が違う。

 たとえば階級がBであれば、一つ上のAランクからFランクまでの依頼が受けられる。

 階級がCならBランクから、階級がDならCランクからと言った具合だ。


 アルトの冒険者階級はEだ。

 受けられるのはDからFまでのランク。ドラゴン討伐の依頼は受けられない。

 だが、


「なんでだよ? 普通に受けられるぜ?」

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