第61話 あのおじさんの傑作品

「なんでだよ? 普通に受けられるぜ?」

「えっ、どうしてですか?」

「だって俺の階級、Cだからな」

「…………」


 まさか、ギルドで不正を働いたんじゃないだろうな?

 慌てたアルトだったが、リオンは悪事に手を染めてはいなかった。


「師匠のおかげだよ」


 彼の言い分はこうである。

 アルトはリオンとPT登録をしていたため、アルトが稼いだ金額が、リオンの実績にもなっていた。


 では何故、アルトとリオンでこれほど差が生まれたのか?

 その原因は、彼の冒険者歴である。


 リオンはアルトとパーティを組んだ時に、初めて冒険者になったわけではない。

 かなり昔から、冒険者として登録だけはしていたのだ。


 長年にわたる冒険者歴があったおかげで、順当に昇級していったというわけだ。

 勿論、昇級するためには、ギルドの昇級規定をクリアしなければならない。


 その規定を、彼はアルトとの狩りでクリアしていったのだった。


「おそらく誤認情報だとは思いますが、本物であった場合は逃げ帰ってください。存在が厄災級ですので、下手に手を出せば命の保証はできません。また、手を出して王都にもしもの事があれば、その責任は貴殿のものとなりますのでご了承ください」

「はい」


「ちょっと待てよ師匠。なんで依頼を受けて討伐に行くのに、俺たちのせいになるんだよ?」

「まあまあ。ひとまず準備を進めましょうか」


 不服顔のリオンを引っ張り、アルトは一旦ギルドを出た。


『誤認情報だとは思いますが――』


 アルトも、誤情報だと思っている。

 だが万が一がある。

 最悪を想定して、逃げる準備だけは入念に行わなければいけない。



  □ □ □ □ □ ■ □ □ □ □ □



 1週間分の食料を買い出し、武具店にも立ち寄る。


「やっぱり武具店巡りって最高だよな!!」


 張り切るリオン。

 まるで1701歳とは思わせない足取りで商品に目移りしている。


 その気持ちはアルトにも分からなくもない。良い武具の購入は冒険者の醍醐味なのだ。

 ただ、手持ちの武具よりも質の良いものがあるかといえば微妙だ。


 なんせアルトの防具は、ドワーフお手製のマントにミスリル入りのチュニック。

 それを超える防具となると、普通の武具店で見つけるのは難しい。


 唯一、アルトの武器だけは変更の余地がある。

 アルトは未だに、リオンから奪った黒い短剣を使っているからだ。


「うーん」


 しかし、質の良い短剣がない。


 短剣は対人用、あるいは護身用でしかないため、対魔物向けの切れ味は不要だ。

 必然、品質もそこそこのものとなってしまう。


「まだしばらくは黒鉄の短剣で我慢か……」


 仕方なく、アルトはサイズが若干合わなくなってきた靴を買い換える。


 リオンは様々な武具に目移りしていた。

 だが、彼の武具はすべてアルトが選んだドワーフ製だ。それを超えるものはいまのところ、王都の店にはない。


「なあ師匠。大剣が欲しいんだけど――」

「却下です」


 大剣を装備しても、大剣に振り回される未来しか見えない。

 リオンを宥めながら、アルトは武具店から退散する。


 最後に冒険者向けの装飾品店に入る。

 指輪やネックレス、絹織物などが展示されているがそのどれもが魔道具である。


 手元が若干明るくなる指輪――金貨3枚。

 寒さを若干軽減する絹織物――金貨4枚など。


 さすがは魔道具。それ、別のもので代用できるんじゃない? というものでさえ、べらぼうな値段だ。

 その中からアルトはお目当てのものを発見する。


 魔術系の熱に対して抵抗力を上げるネックレス。

 そのお値段、驚きの金貨20枚。

 平民が20年は暮らせる程のお金だ。


 皇室専用アクセサリのような値段である。

 アルトはこれを目当てに店に来た。


 しかし、想定していた値段よりも倍以上高い。

 購入意欲がごっそり削がれてしまった。


(嘘情報かもしれないし……)


 半ば諦めつつネックレスを眺めていると、アルトは商品説明に目が留まった。


【深炎石の首飾】

 金貨:20枚  製作者:ハーグ

 効果:熱魔術に対して抵抗力を上げる。


「これ、ハーグ製だったんだ!」


 ハーグは以前、キノトグリスで出会った武具職人の男である。


 武具職人としての腕はしょっぱいが、魔道具を作らせると天下一品。

 彼が作り出す魔道具は、他と比べて性能が頭一つ抜けているという。


「これは高いわけだ……」


 王都のお店にあるということは、彼は既に魔道具製作に戻って商品を卸しているようだ。

 他にもあるかも知れないと探してみたけれど、彼が製作した魔道具はこれだけだった。


 先ほどまでは、ネックレスの購入を断念していた。

 だがハーグの名を見て、アルトはあっさり購入を決める。


 財布が軽くなることに構わず、アルトはリオンの分も一緒にネックレスを購入した。

 念願のハーグ謹製魔道具を、やっと手にすることが出来た。

 感慨も一入である。


「え? いいのか?」


 リオンは目を丸くして、アルトから渡されたネックレスを手にした。


「偽情報だとは思いますけど、もし本物のドラゴンが出てきた場合、熱耐性は絶対に必要です。それにハーグ製ですしね。今回使わなくても、冒険者を続ける限り、持っていて損はありません。装備しておいてください」

「あ、ああ。師匠、サンキュな!」


 照れくさそうに笑いながら、リオンがネックレスを装備する。

 それを見届けて、アルトは踵を返した。


 すると、


「…………じぃ」


 装飾店のガラス扉から、マギカがこちらを覗いていた。

 視線と同じように、大きな耳がじっとりと前屈みになりながらアルトを責め立てる。


 何かを強く訴えかける視線が、アルトの胸に突き刺さる。


「ええと、なんでマギカがここに?」

「……狩りの手伝い」

「制服のツケの申し込みは……もう終わってるよね」


 その辺りの心配は、マギカには無用だ。

 同じ表情のまま、なにかを訴えるようにマギカがアルトに近づいてくる。


 ほれ、ほれ、ほれ!! としっぽが縦にぶんぶん揺れる。


「……仕方ない」


 ため息一つ。

 アルトは店主に、追加でネックレスを注文するのだった。

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