第62話 リオンはでんでん虫
ネックレスをプレゼントし終えたあと、アルトはマギカに、これまでのあらましを伝える。
ドラゴン、という言葉が出てきたときだけ、彼女は僅かに驚きの表情を浮かべた。
やはり彼女は誰かさんと違って、ドラゴンについての恐ろしさがよく理解できている。
「……なんだよ師匠。俺になにか言いたいことでもあんのか?」
アルトの視線に気づいたリオンが首を傾げた。
言いたいことなら山ほどある。
アルトが口を開いたとき、手の甲がぽんぽん叩かれた。
「ん?」
鞄からにゅっと顔を出したルゥが、アルトの手の甲を叩いている。
『ぼくにはなにかプレゼントはないの?』
そんな視線(?)を受けるが、残念ながら応えようがない。
ルゥはスライムだし。スライム専用の武具なんてないし……。
そもそも、武具が装備できるかどうかも疑問だ。なにかプレゼントしても体に取り込まれて終わりのような気もする。
だが、なにかプレゼントをしなければ収まりが付かなそうなので、屋台で串焼きを購入する。
っふん、そんなものでダマされないもん! とツンツンしながらも、肉をモキュモキュ食べ進めるルゥ。
(ふっふっふ。体は素直よのぅ……)
ルゥの食事風景に癒やされるアルトを、リオンとマギカの二人が冷めた視線で見つめる。
「親馬鹿」
「ああ。きっと、娘が出来たら悲惨だぜ? 娘の将来を思って号泣するわ、娘が結婚しようとすると号泣するわ、絶対に娘はやらんと暴れて号泣するわ……。結婚する相手は大変だな」
「うんうん」
酷い言われようだ。
これはルゥに対する態度であって、子どもが出来たら父としての態度を取るはずだ。
――などと考えていると、
(そういえば僕、結局前世で結婚出来なかったんだよなあ……)
思い出したくない過去を思い出し、気分がズーンと沈むのだった。
首都を出て1日。さらに走りながら副都を出て1日経った頃、やっと目的地の山が前方に見えてきた。
標高2~4千メートル級の山々の連なったレアティス山脈。
この山の頂上を国境として、南をユーフォニア王国が、北をアヌトリア帝国が支配している。
高い山の連なる頂は、冬ということもあって真っ白に染まっている。
山の裾野には広大な森が広がっている。
考え成しに進めば、あっさり方向を見失うだろう。
そのためひとまずここを、本日のキャンプ地とする。
本格的な調査は明日からだ。
この森には何百年も人の手が入っていない。その理由は森が深いからではなく、ましてや魔物が多いためでもない。
ユーフォニアには雪が降らない。とはいえいまは冬。野宿をするにも寒さ対策は欠かせない。
リオンとマギカに枯れ木を集めてもらいながら、アルトは王都で購入した大きな布で天幕を作る。
細くて長い木を伐採し、それを地面に刺して支柱にする。その上から布を被せる。
これだけでは寒さ対策に足りないので中でたき火が出来る構造にする。
天幕を作り終えた頃に、2人が戻ってきた。
枯れ木と一緒に、マギカがなにか大きなものを引きずっているが……。
「それ、なに?」
「肉」
マギカが一言で、実に明瞭に答えた。
よく見ると魔物は猪系のボアだった。食べる分には問題ない。
「〈解体〉を使うのも久しぶりだなぁ」
ダンジョンで倒した魔物は、ダンジョンに吸収される。
魔石と、時々素材がその場に残されるだけで、他にはなにも残らない。
そのためこの七年間、〈解体〉を使う場面がほとんど無かった。
まずは首を刈り取り血を抜く。
猪は気絶していただけのようで、首を刈り取るとしばらく手足をばたつかせた。
血を抜くには最高の状態なのでアルトは問答無用で猪を逆さに吊るした。
びくびくという体の動きに合わせ、血液がドクドクと流れ落ちる。
「お、おい師匠、なにやってんだよ……。儀式か? 悪魔召喚の儀式なのか!?」
解体を初めて目にするのか、リオンが顔を真っ青にして怯えている。
その気持ちは分からなくもない。アルトもこの解体方法を学んだ時は、2・3日は肉が食べられなかった。
「生き物を解体するときって、血抜きが一番重要なんですよ。たとえば鶏は首を刎ねたあと、しばらく自由に走らせるんです。そうすることで、血液が綺麗に抜けて、おいしい肉になるんです」
「そ、そうなのか。けど…………うっぷ…………」
リオンが目に涙をためて口を押さえる。
「ヴァンパイアなのに、血がダメなんですか?」
「俺は血なんて飲まねぇよ。もちろん両親だって飲んでない」
「へぇ。そういえば、ヴァンパイアって何が好物なんですか?」
「ん? 普通にキャベツとかだな」
キャベツって……。
アルトが抱くヴァンパイアのイメージが、でんでん虫に固定された瞬間だった。
「今日の食事は野菜のみにしておきますか?」
「そうだな。そうしてくれるとありがたい……うっぷ」
完璧に覇気を無くしたリオンが、布の上に横になった。
しばらくは肉が食べられないだろう。
「…………ん?」
枯れ木に火を付けているとき、アルトは森の奥から妙な気配を感じた。
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