第177話 深まる混乱

 そこからアルトたちは――


「まさかゴブリンを討伐して頂けるとは」

「わたくしは何もしておりませんわ」

「さすがはジャスティス家のご令嬢! ゴブリン如きでは何もしてないのと同じとは!!」

「え? いえ、そういう意味では」

  「あの村長、まったくこっち見ないけど、殴っていいか?」

  「ダメです」

「なんとお礼申し上げて良いやら……。この村にはこれくらいしかありませんが――」

「いいいい、いいえ結構ですわ! 先を急ぎますのでこの辺で失礼いたします!」


 ――ゴブリンの襲撃に悩まされていた村を救い。


「この大量のオークの肉を頂けるのですか!?」

「これはアルトとリオンさんが――」

「食料難を救って頂けるなんて、さすがは貴族様です!!」


 ――不作で喘ぐ村にオークの肉を届け。


「悪漢から助けていただきありがとうございます!」

「あの……わたくしいま来ましたのよ?」

   「助けたの、オレなのに……クスン」

   「我慢。我慢ですよモブ男さん」


 ――路地裏で乱暴されそうになっていた女性を救い。


「これが、ワイバーン!? まさか生きてるあいだに死体が手に入るとは。さすがジャスティス様。噂通りの実力ですな」

「あの……本当に……わたくしは何も」

   「なんか、ここまで来ると逆に面白くなってきたわ」

   「でしょう?」

「ワイバーンの素材は貴重でして、いろんな武具店がほしがります。金貨5枚で出せばきっと即売でしょう。とはいえジャスティス様にとってははした金でしょうけれど」

「はあ……。ではそのお金は、後ろの2人に渡してくださいまし」

「へ? どど、奴隷にお金を渡しては、いけません。ゴミがつけあがります!!」

「…………。で、では販売したお金はこの町の恵まれない子ども達に寄付してくださいまし」

「さすがジャスティス様! 貴方の徳は天井知らずですなぁ」


 レアティス山脈から移動してきたはぐれワイバーンを討伐しながら、アルトらはケツァム中立国の首都イノハに到着した。




「……なんで、わたくしばかり」


 入門審査を終えて門の中に入ったシトリーは、何もしていないというのに憔悴しきっていた。

 その原因はアルトの『遊び』のせいだ。


 アルトが行ったのは、魔法の実験だ。

 一体フォルテルニアの魔法は、どこまで現実を歪めるのか?


 ケツァムに到着するまで、アルトは様々な種類の善行を積み重ねた。

 そのたびに、魔法が発動し、現実が改ざんされた。

 辻褄が全く合わない状態にも関わらず、すべてシトリーの実績として積み上げられていった。


 首都イノハに来るまで、アルトはゲスい表情を浮かべながらあの手この手を駆使し、善行のすべてをシトリーに被せてきた。


 結果。

 入門審査で、シトリーがもてはやされた。


『まさかあのシトリー・ジャスティス様ですか!?』

『盗賊100人斬りを行ったあの……』

『俺はワイバーン10匹を1度で倒したって聞いたぜ?』

『1000人いる村人に1人ずつオーク肉を渡したって噂もあるな』

『50人いる悪党に襲われていた可憐な少女を、たった1人で守り抜いたとか』

『ゴブリン1万匹討滅という話もなかなか!』


 尾ひれが100枚くらい付いた噂(さかな)が兵士達のあいだを泳ぎ回っている。

 ここまで来ると、アルトたちがシトリーを裏から操っているみたいで愉快になる。


「あの……アルト。何故わたくしばかりが矢面に立たされるんですの?」

「皇帝が言ってたじゃないですか。フォルテルニアはそういう魔法にかかってるって。僕が名乗りを上げても無意味なんですよ」

「で、ですがここに来るまでのアルトは異常でしたわよ!? まるで真綿で首を絞めるように、次から次へと善行を繰り返すんですもの!」

「いや……善行は良いことですよね?」

「そうですわよ!?」


 シトリーがキレた。

 さすがにアルトはいささか、度が過ぎていたかもしれない。

 入国してからここまで、アルトは休まず善行を行い続けた。

 それもシトリーのため――というよりシトリーが褒められる所を見たいがために、だ。


 噂に流れているものだけではない、小さな事件まで解決している。

 その数は10を超えたあたりで数えるのをやめた。


 初めてアルトと旅を共にしたシトリーは、もうくたくただった。


(何故わたくしがこのような目に……)


 多くの人に褒められることは、シトリーにとって当然好ましい状況である。

 他人から褒められると嬉しい。

 ジャスティス家のシトリーとして認められると、ほっとする。

 家を半ば絶縁した形でたたき出されてうらぶれた気持ちが、人から賞賛されることで少しずつ癒えていった。


 しかし、だからといって休み少なく動き続け、ひと仕事終えたらすぐに次に取りかかるアルトにはついて行けない。


 おまけにアルトの功績を(奪うつもりは毛頭ないのに)奪っている現実が、まるで指に刺さったトゲのように、しくしくと痛んでいた。


 人の善行を横取りするなど、シトリーの正義が許さない。


 故にシトリーは誰を助けても対価を貰わなかったし、どうしてもと渡されたものはすべて教会に寄付してきた。

 けれど刺さったトゲは抜けないどころか、どんどん痛みが悪化していく。


 何度か、『自分は馬鹿にされているのか?』と思うこともあった。

 何ひとつ出来ない自分が、情けなく感じた。


 アルトが行動すればするほど、シトリーを利するだけ。

 自分にはまるで利益がないのに、手を休めない。


 そんな人間は、宮殿に一人としていなかった。

 シトリーの部下でさえ、自分に利益がなければ決して動かなかった。


 誰だってそうだ。

 自分に一切得がなく、他人が得するだけならば、自ら働こうなどと思わない。

 それが人間という生き物だ――そう、思っていた。


 なのに、アルトだけは違った。


 彼には名誉欲がないのか?

 誰からか褒められたいと思わないのか?

 他人に名誉をかっ浚われて、嫌な気分にならないのか?


 もしシトリーがアルトの立場であったならば、声を大にして叫んだだろう。


『それはわたくしの功績ですわ!!』


 自分のものだと認められなければ腹を立てるし、愚痴だって言う。

 相手が格下ならば、シトリーは脅迫や恫喝をしたかもしれない。

 だが、アルトは沈黙を守り続けた。


 なぜ? なぜ? なぜ?

 シトリーには、アルトの行動原理が理解出来ない。

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