第176話 おもしろきこともなき世を面白く

 アルトは慌ててリオンを止める。

 さすがに盗賊相手にドラゴンの長剣はオーバーキルだ。

 触れただけで、手足がすぽんすぽん飛んでしまう。


「せめて盾を使ってください」

「えぇ……」


 活躍の場が奪われたとでも思ったか。

 リオンが心底嫌そうな表情を浮かべた。

 それでもしぶしぶといった様子で、背負っていた盾を取りだし前に掲げた。


「まあ、勇者が弱い者いじめは良くねぇよな」

「ありがとうございます」

「さて、お前ら。阿鼻か叫喚、好きな方を選ばせてやるよ」


 どちらを選んでも地獄だ。

 7人いた盗賊のうち、3人をリオンが盾で吹き飛ばし、4人をアルトが穴に落として捕縛した。


 あまりにレベル差が離れすぎていて、なんの見所もない一方的な蹂躙であった。

 アルトは手加減して捕縛したが、リオンに吹き飛ばされた盗賊は哀れ、顔の形が完全に変わってしまった。


「はぁ……アルト……これは……どういうことですの?」


 スタートが遅れたシトリーが、やっと蹂躙現場に到着した。

 膝に手をつきながら、肩で呼吸を繰り返す。


「この馬車が盗賊に襲われていましたので、助けたんです」

「そうでしたのね。いきなり走り出したから、何事かと驚きましたわ」

「こ……これは……」


 そのとき、中で隠れていた商人の男が、恐る恐る馬車から姿を現わした。

 男は青くなった顔に浮いた油汗をぬぐいながら、アルト達に舐めるような視線を向けた。


「ええと……あなた方は?」

「旅の者です。ケツァムへ向かう途中、馬車が襲われていたのが見えましたので、居ても立ってもいられず助けに参りました」

「見ず知らずの行商を、行きずりで助けるとは……。ずいぶんと物好きなお方だ」


 裏があるならさっさと言え。

 そんな態度にリオンが目を怒らせた。


「こっちはアンタの命を救ったんだぞ!? なのに、なんだよその言い方は!」

「五月蠅いですわよリオンさん」


 ジト目をしたシトリーを見た行商が、僅かに目を見開いた。


「そ、そちらのお嬢様のお名前を伺っても?」

「わたくしですの? シトリー・ジャスティスと申しますわ」

「まさか、ユーフォニア王国の公爵家の!?」

「え? ええ……」


 行商の突然の興奮ぷりに、シトリーが若干引いた。

 その態度の変化に、アルトが首を傾げる。


 妙だ。

 いままで見知った反応と、全然違う。


「まさかこの場で公爵家の方に出くわすとは……。そしてあまつさえ、私のような下賤な者の命を救ってくださるとは!」

「命を救ったのはオレと師匠だよ!?」

「おお、おお。そこの平民も良くやった。さすがは公爵家。腕の立つ従僕を従えておりますなぁ」

「じゅ――」


 吃驚の声を放つ前に、アルトは慌てて彼の口を塞いだ。


(これはなかなか――)


 面白くなってきた!


「しかしジャスティス様は何故この地に? 先日ユーフォニア12将の任を解かれたと聞きましたが」

「え、ええ。……故ありまして、このようにその身一つで旅をしておりますの」

「さすがは英傑と呼ばれた1人。己の力に嘆き、修行の旅に出られたと」

「え?」

「いえいえ。皆まで言わないでください。ジャスティス様が心ない中傷を受けていたと噂を聞いております。それに対して暴力や権力で返すのではなく、実績で黙らせようという魂胆なのですよね?」

「いえ、あのわたくしは――」

「さすがは建国時より王に仕えた公爵家。ジャスティス様です!!」


 皇帝テミスの言っていた『世界の魔法』が、面白いくらい現実をねじ曲げている。


 目の前で現実がみるみる歪んでいく光景は面白い。

 だが、あまりに歪みが大きすぎて不安になる。


(ここまで歪むと、世界に相当負荷をかけてるんじゃないか?)


 いくら神の魔法とはいえ、対価が必要ないわけではない。

 剣術なら体力を、魔術なら魔力を消費するのと同じように、魔法もなにかしらの対価が必要だ。


 これほど強力に現実を歪めるとなると、他方に別の歪みが生じていると考えるのが自然だ。


(どんな影響が出てくるのやら。まあ、僕が不安に思ったところで、神の御業には手出し出来ないんだけどさ……)


「なあなあ、師匠。オレ達の功績が、なんにもしてない奴に奪われたぜ?」

「別に、いいじゃないですか」

「いやいや、こんなのつまんねぇだろ」

「んー、じゃあ、僕と一緒に遊びませんか?」

「こんな時に遊びかよ!」

「はい」


 現実が面白くないなら、面白くしてしまえばいい。

 それも真剣に。

 全力で、魔法と遊ぶのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る