第178話 募集要項
アルトがイノハに来ることを選んだのは、一重にレベル上げをするためだ。
イノハはアルトがレベリングをする上で、もっとも都合の良い街だった。
10万都市イノハ。
キノトグリスで日の目を見なかった中級冒険者達が集まり、しのぎを削った、フォルテルニアで最も若い迷宮のある街だ。
「モブ男さん。この街の良い宿はわかりますか?」
「お風呂があって食事のおいしいところでいいか?」
「はい」
「おっけ。それなら何件か思い当たるぜ」
さすが元ギルド職員リオン。
観光案内の腕前はちっとも衰えてないようだ。
「オレ、勇者なんだけど」
「わ、わかってますよ」
まさか観光大使と思ったことがばれたのでは?
アルトは内心冷や汗をかくのだった。
……しかし、
「あれっ、ここに良い宿があったはずなんだが……」
「どう見ても民家ですね」
ユーフォニアでは好調だったリオンの観光案内が、
「ええええ!? なんでここが安宿になってるんだ!?」
「1泊銅貨10枚ですか……。止まるのは少々、勇気が要りますね」
イノハではまるで通用しなかった。
「また……ここも……なんでだ……」
リオンが赴く場所すべてが、安宿だったり別の店だったのだ。
これはもしかすると、リオンの観光力――いや、勇者力が衰えているのではないだろうか?
「モブ男さんがギルドでイノハの情報を最後に見たのはいつですか?」
「んー。10年前くらいかな」
10年。発展中の都市ならばいざしらず、成熟した大都市のしかも中枢となると、10年でそこまで大きく変わらない。
実際、リオンは迷いなく足を進めているので、再開発されたというわけではなさそうだ。
イノハの街を縦に横に闊歩するが、街中を行くのは行商の馬車や荷車だけ。通行人の姿はほとんどない。
普通大都市になれば確実に目撃するはずの、冒険者らしき人の姿もない。
大通りに面した店には活気がなく、看板ももう数十年使いっぱなしであるかのように汚れてしまっている。強風が吹けば落下してしまいそうだ。
おそらく潰れてしまったのだろう、商店街はところどころ歯抜けにもなっている。
にもかかわらず、新しい店舗が入る気配もない。
「……あった。ここは生きてたぁ!」
街の中を彷徨って1時間。やっと観光大使がおすすめする宿に到着した。
内心焦りに焦っていたのだろう。やや涙目になりながらも、リオンはほっとため息を吐き出した。
どうやらここはかろうじて潰れていないようで、看板は薄汚いがそれでもまだなんとか経営しているようだ。
「まさかこの宿にジャスティス様がいらっしゃってくださるとは! これはこれは、光栄でございます」
「またかよ……」
「みたいですね」
「ジャスティス様がお泊まりになられるお部屋は、最上級のものをご用意いたします。もちろん下男二人がご一緒でも問題ありませんので――」
「誰が下男だよ!」
「ご主人。彼らはこう見えて仲間ですの。1人1部屋ずつ頂けますか?」
「ええ、ええ。そうでしたか、それは大変失礼をいたしました」
店主がアルトたちを見て、目を細めた。
『これは方便。お前らは勘違いするなよ?』という視線だ。
「では3部屋をご用意させて頂きます。ああ、お代は通常価格の半額!銅貨25枚で結構でございます!」
「それはいけませんわ。お代はしっかり支払わせて頂きます」
「それでしたら、ジャスティス様が宿をお使いになられたことを、喧伝させて頂けるだけで結構でございます」
店主は手もみをして嫌らしい笑みを浮かべる。
エライ人が泊まった宿だと喧伝できれば、客が増えて十分元が取れるという算段なのだろう。実に商売上手である。
宿を抑えた後、アルトたちは冒険者ギルドに向かった。
「なんか暗い街だな」
「……そうですね」
道行く人のほとんどが死んだような目をしていて、顔色もかなり悪い。
彼らが放出する負の空気が蔓延しているのか、イノハ全体がどこか辛気くさい。
冒険者ギルドに入ると、アルトは依頼が張り出された掲示板を確認した。
掲示板には、様々な依頼が並んでいた。
街の整備であったり、酒場の皿洗いであったり。
短期のものから長期のものまで様々ある。
依頼の量は、キノトグリスとほとんど変わらなさそうだ。
ただし、冒険者にしか出来ない仕事があまり見当たらない。
「この国は潤っているんですのね」
「えっ、どうしてですか?」
「幹部候補募集。若い世代が中心です。頑張れば月給金貨1枚稼げます! って書いてありますわよ?」
「「あー……」」
アルトとリオンの声がハモった。
同じように、2人の目が死ぬ。
「なあ師匠、この国、ブラックすぎねぇか?」
「ええ。フォルテルニアの中だとダントツで労働条件が悪いですね」
「ちょっと二人とも、納得してないで、説明してくださいまし!」
「ええと、実はそれ、方便なんですよ」
「方便? ……募集広告に事実とは違う、あるいは誇張した情報を掲載して良いものなんですの?」
「ええ。それが当たり前なんですよ」
正直に言うと働こうと思う特異な人間など集まらない。
それでは求人広告の意味がない。だから方便を用いるのだ。
「まず『幹部候補募集』ですが、候補というところで一般職と同じ給料です。でも幹部候補なので『責任はありますヨー』と。責任は重いのに薄給と謳っているわけですね。
次に『若い世代が中心』ですが、働く人の出入りが激しいので、『若い人しかいない』という意味です。
『頑張れば月給金貨1枚』については虚偽に近いでしょう。『頑張る』っていうのは主観なので、いったいどれだけ頑張れば良いのかわかりませんよね? つまり、金貨1枚をちらつかせて獲物を釣り上げようという魂胆です」
「……あー、ケツァムが奴隷を黙認してる理由が、なんとなくわかったぜ」
リオンが察した通り、ケツァムに奴隷制が黙認されている理由はすべて、ここに集約される。
この国では商人と職人以外、みな平民という名の奴隷なのだ。
商人の国である以上、金こそ力。
金がないものは使われる側であり、金さえ与えればどのように使っても良いという考えなのだ。
「よくこんなことやってて国を運営できるな」
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