第254話 復興へ
ホクト襲撃で失われた命はゆうに5万を超え、奪還で落命したものも500を超えた。
しかしそれでも、日那州国総力を上げた奪還作戦は成功。
人は無事に、魔物の手からホクトを奪還した。
奪還作戦で得られた魔石の数が4万を超えていることから、ホクトを襲った魔物はその数を優に超えていただろう。
一体何故そのような魔物が大挙してホクトを攻め落としたのか。
それについてはいまも謎に包まれている。
だが――ホクトが厄災に見舞われたのは邪神が関与したからだ。
出所は不明だが、トウヤなどではそのような噂がまことしやかに囁かれている。
ホクトを奪還してから、国内の情勢が落ち着きをみせるまで1年かかった。
その間、食料、物資、そして復興と報奨金とで国費が不足したため、日那国内には国家破綻という風説による混乱が巻き起こる。
だがその混乱は即座に解決をみせる。
初めにホクト奪還作戦で、小さいとはいえ数万の魔石が一気に手に入ったこと。
次に、何者かが大型の魔石を大量にギルドに寄付し続けたことにより、国内資産が極端に増加していたこと。
なにより、これまで国交の無かったアヌトリア帝国と突如貿易を始めたことが大きな理由だった。
以上により、破綻の可能性もあった日那の景気がたった2・3ヶ月の間で上昇に至った。
中でも特筆すべきは、アヌトリア帝国との貿易開始だ。
これまでのアヌトリア、そして日那は国交すらなかった。
皇帝と天皇、あるいはその使者が会合することはなく、また商人が裏で動き回っていた形跡もない。
そも、日那はお世辞にも強国とは言えず、アヌトリアにとって貿易を行う利点が少ない。
武具はドワーフを抱えるアヌトリアの方が質が良いし、魔石も生産量は日那の10倍は下らない。
唯一日那にしかない特別なものは、癖の強い郷土料理だが、帝国があれを望むとは考えにくい。
濁ったスープ、真っ黒で危険な香りのするタレ、腐って糸を引いた豆。
あれらを欲する人間がどこにいるだろう?
あれのために貿易を開始しようとする者など、おそらくフォルテルニア中を探してもいないはずだ。
故に青天の霹靂。まるで神の見えざる手のように奇跡的な時宜である。
おそらくこれは、日那を救おうという神の意志によるものなのだろう。
それ以外ではあり得ない。
ちなみに魔石を寄付し続けた謎の人物についての詳しい情報は一切得られなかった。
曰く、その人物はヒト種族である。
曰く、その人物は前に進みながら下がっていく。
曰く、その人物は落ちながら飛翔する。
曰く、その人物は光線を飛ばす。
――など、様々な風説が流れているが、どれひとつとして信用できるものはない。
なぜならば、大型の魔石――おそらく日那州国で採取できる大型の魔石は凶名で馳せた迷宮のものだろう――を取得出来るほどのものが謎、あるいは無名で報告されるはずがない。
そして、前に進みながら下がったり、落ちながら飛翔したり、光線を放てる者が人間であるはずがないのだ。
それは市民が生み出した、英雄の虚像なのだろう。
市民の英雄像が何故そのような人外であるかは謎であるが……。
ただひとつだけ特記しておく。
日那州国トウヤにも、ユーフォニア王国キノトグリスや、ケツァム中立国イノハで流れているものと同じ噂が存在している。
曰く、この街には――――変態がいる。
□ □ □ □ □ ■ □ □ □ □ □
迷宮に潜りレベリング・熟練上げをしたり、ヴェルの悪戯を受けたりしながら、食糧が足りなくなれば地上に戻り、買い出しをして再び迷宮に潜る。
その繰り返しをしていると、約1年の訓練期間はアッという間に過ぎ去っていった。
ハンナがいるセレネ皇国まで、ユーフォニア王国経由で4ヶ月。だが、そちらはアルトとマギカが指名手配されているため通れない。
そのため西へ一直線ではなく、少し遠回りになるがアヌトリアを経由するルートで向かうしかない。
北ルートだと大凡半年はかかるだろう。そのあいだにアルトはドワーフ工房に立ち寄り、彼と武具の性能向上についての打ち合わせもしておきたい。
まだ期限まで1年と時間はあるが、移動を考えるとそろそろ旅立つべきだ。
今日、アルトたちは最後の修行を付けてもらいに、ダンジョンの最奥へとやってきた。
「久しぶりやねぇ」
またいつだかのように空から現われた……のではなく、きちんとボス部屋の奥で待機していたシズカが、鉄扇を口に当ててこちらを向いた。
彼女と会うのは何ヶ月ぶりだろう。
ホクトで出逢ってから、一度も彼女はここに訪れていない。
魔物に襲われたホクトを立て直し、魔物討伐戦に参加した国民に報奨金を渡し、亡くなった国民を弔い、国の予算をすべて組み直し、さらにアヌトリアとの交易路まで繋げている。
忙しすぎて、ダンジョンに顔が出せなかったのだ。
彼女がいない間、アルトはずっとレベリングを続けていた。
国が混乱しているときに、自分たちだけ自由にしていることに気が引けて、魔石を僅かばかりギルドに寄付し続けた。
そのおかげか、日那の復興が停滞することなく猛スピードで進んでいる。
「早速やけど、あんたらの全力、見せてもらうで?」
言うなり、シズカから膨大な殺気が放たれる。
だがその殺気を受けても、アルトたちはもうびくともしなくなっていた。
「強くなった新生――いや、〝神聖〟勇者リオン・フォン・ドラグナイト・ブレイブの勇士で、その目をかっぽじってやんよ!!」
気合いの声と共にリオンがシズカに斬りかかる。
さすがに目をかっぽじるのだけはやめて差し上げて。
「……ッ」
リオンの横を、音もなくマギカがすり抜ける。
リオンを囮にしつつ、後ろから回り込んで攻撃を加えるつもりなのだろう。
既に彼女の速度は亜音速に到達しそうである。
――最初から本気だ。
なれば。
アルトだって負けてはいられない。
これまで培った技術を全力でぶつけよう!
アルトは即座にマナを練り上げ、シズカに向けて放出した。
瞬間――、
「あっ?」
突如シズカの双眸から余裕の色が消えた。
すぐさま彼女は空に向かって手を伸ばす。
だが、
「ああああああっ!!」
ビローンと伸びきった体勢のまま、彼女はアルトが生み出した〈グレイブ〉に落ちていった。
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