第253話 盾の勇者
「で、これが敵さん本体か」
「ですね。とても硬い鎧でした。おそらく既存の鎧に善魔の力が込められたのではないかと推測したのですが」
「せやな。あんたの見立て通りや。見たとここれは神代宝具やな」
「ああ……やっぱりそうですか」
神代宝具はフォルテルニアにおいてSランクというべき超レアアイテムである。
やはりレアという言葉にアルトは弱い。
宝具を破壊したことに頭がくらっとしたが、既に予測済み。
アルトは歯を食いしばって目眩に耐えた。
「まあ、いろいろとっちめ――問い詰めたいことはあるけど」
なにか聞き捨てならない言葉が聞こえた気がする。
「ええわ。善魔がおらんなら、問題はなさそやね。ほな、ウチは帰るわ」
「帰るんですか? ホクトの奪還は?」
「それは、ここに来る武士や足軽で事足りるやろ。それに、急いでやらなアカンほど、命が残っとるわけやないしな……。しばらくはあんたらの相手出来へんけど、堪忍な」
「いえ。戦後処理があると思いますから、無理は言いません」
「処理が終わったらまた相手したるさかい。次の稽古までに強うなっとき? あんま変わってへんかったら、容赦せんで?」
「はい」
「…………」
シズカは城を眺め、街を眺め、胸に手を当てて瞑目する。
彼女に合わせて、アルトも目を閉じ祈る。
この地で突然命を落とした、数多くの人達の魂の元に、どうか神の恵みが降り注ぎますように……。
再び瞼を開いたアルトは、まだ瞑目を続けるシズカの背中に語りかける。
「ひとつ、日那にとって良い情報があるんですが――」
□ □ □ □ □ ■ □ □ □ □ □
シズカが帰ったあと、アルトは破壊された鎧をじっくり眺め、〈術式看破〉でその鎧の刻印をすべて暗記する。
その後、ルゥに金床を出してもらい、思い切って鎧を鋳つぶした。
熱や圧力を変えながら、素材を丁寧に分離していく。
中から出てきたのはオリハルコンと少量のアダマンタイト。そして謎の物体X。
前2つはドワーフ工房に資料として少量保管されていたものを見たことがあるので鑑定ができた。
だが物体Xだけは一度も見たことがないので判別出来ない。
硬度はオリハルコンと同等かそれ以上。
オリハルコンよりも熱への耐性が極端に高い。
そして色も、オリハルコンはミスリルより黄色みがかった白なのに対し、物体Xはまろやかな金。角度を変えれば七色に輝いて見える。
もしかするとこれがヒヒイロカネというやつなのか?
神代宝具でもごく一部にしか使われない。
レア中のレア。SSレアの物体だ。
ただ、鎧から抽出出来たのが手の平ほど。おそらくオリハルコンやミスリルに装飾的に施し、金属の物理耐性・魔術耐性を底上げしていたのだろう。
これはどの武具にも言えるが、高級になればなるほどいくつかの素材を複合させる。
たとえばマギカの宝具だと全体的はミスリル製だが、拳頭にはアダマンタイト。甲にはオリハルコンが用いられている。
ようは適材適所。硬軟を使い分けることで武具の耐久性を底上げし、コストパフォーマンスを上げる寸法なのである。
しかし、たったこれだけの素材をなにに使えるだろう?
まるまる使って新品の武具を仕立てるなら、武器は2本。防具は1着分。
改良であれば全員の武具にオリハルコンを仕込み、ヒヒイロカネの成分を添加することは可能だ。
しかし改良となると、ドワーフたちが生み出した武具のバランスが崩れ、逆に性能が低下する可能性が生じる。
……さて、どうしよう?
いくつもの案を頭の中で思い浮かべているあいだに、リオンとマギカの2人が仮眠から目を覚ました。
2人はアルトの〈水魔術〉で顔を洗い流し、己の武具の確認を始めた。
彼女達の武具は、激しい戦闘の爪痕がくっきりと残っている。
それでも傷が付いただけで、破壊の気配がないのはさすがドワーフ製というべきか。
ハンナを救う上で同じレベルの善魔が出てきたら……。
もしかすると、武具もこのままではいけないのかも知れない。
折角ドワーフたちにドラゴンの素材で作ってもらったのに、1年も経たずに敵に性能が追いつかなくなるとは考えもしなかった。
迷宮でのレベリングが終わったら、一度ダグラに相談しにいこう。
きっと彼なら良い案を提示してくれるはずだ。
「師匠、なに悩んでんだ?」
鎧を鋳つぶした素材を弄りながらうんうんうなり声を上げていたアルトを、リオンが不審そうな目で見下ろした。
「この素材をどうしようかと思いまして」
「これ、あの鎧?」
「はい」
「うわ、もうこんなんなったんだ。あれだけ激しく叩いて壊れなかったのに……」
たしかにリオンがそう言いたくなる気持ちはアルトにも判る。
これを鋳つぶすとき、集中している中でも僅かにアルトは『こんなものか』と思っていた。
あれだけ硬かったものが、精錬であっさり潰れるなんて……。
しかしそれは当然で、誰がどう扱うか? それによって武具はより性能を引き出すもの。それこそが良い武具の条件。最高の武具であればよりその傾向が強い。
武具職人が武具に命を吹き込み、その命を使い手が生かすのである。
「これをどうしようかと考えているんですけど、なにか良い案はありますか?」
もし素材が大量にあれば、アルトはリオンに訊ねずに一心不乱に作業に取りかかっただろう。
だが素材は少量。作りたいものがありすぎて、一つに選べない。
「前に言ってたあれ、作ればいいんじゃないか?」
「あれ……? ああ、あれですか? けどいいんですか? そんな趣味みたいなものを作って」
「趣味じゃねぇ、浪漫だ!」
やはり勇者。
浪漫が理解できるらしい。
「マギカは?」
「ん……」
彼女は右手を見て、左手を見る。
その視線で、アルトは気づく。
どうやら使っていくうちに、左手の鉄拳の威力に不満が出てきたようだ。
その不満は彼女の二刀流の成熟の証。
さすがに宝具と比べると、ドラゴンの鉄拳は威力が数段階落ちるだろう。
ただ、いまある素材を用いれば、ドラゴンの鉄拳の威力を一段階上げることはできそうだ。
「マギカの左の鉄拳は改良しましょうか」
「ん」
1ミリほど頷く彼女の尻尾が、ぶんぶんと音を立てて横揺れする。
「あ、じゃあ師匠、俺も剣を――」
「盾を強化しますね」
「なんでだよ!?」
「え? だって、モブ男さんはメイン盾じゃないですか」
「オレは勇者! ユ・ウ・シャだ!! そこ、間違えんな」
「メイン盾の勇者ですね」
「ち…………うぐぐ」
どうやら違うとは言えないらしい。
今回の戦闘で、彼も盾の性能について考えるところがあるらしい。
でなければ、彼の性格なら問答無用で剣の強化を強請ったはずである。
こうして、大部分の素材の使い道が決定した。
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