第203話 オリアスを助ける方法

「はい。ところで、僕がオリアスさんを吹き飛ばしてから、何分経過したと思います?」

「…………あっ、たしかに戻って来るのがやけに遅ぇな」


 彼もようやく気づいたようだ。


 平常時の彼の能力であれば、おそらくこれまでの会話のどこかで「セイセイセーイ」と言いながら、ダブル・バイセプスで現われるだろう。

 その姿もいまでは懐かしい。

 ……いや決して見たいというわけではなく。


「まさかフォルテルニアの裏側まで飛ばしたってオチじゃねぇだろうな?」

「そんなわけないじゃないですか」

「じゃあ、どれくらい遠くに飛ばしたんだ?」

「2kmくらいでしょうか」

「うわぁ。さすが師匠。やることがエグい」

「褒めても何も出ませんよ」

「褒めてねぇよ。呆れてんだ」


 リオンが気の抜けたため息を吐く。

 相手が一般人であれば、過剰な吹き飛ばしだ。

 しかし、こと宝具で強化中のオリアスに限れば、中途半端に遠ざけるのは悪手。

 全力で吹き飛ばして体勢を立て直し、作戦を考える時間を確保した方がいい。


「師匠はオリアスを、殺すのか?」

「出来るなら捕縛したいですね」

「策は?」

「まったく」


 正直ない。

 彼の宝具はあまりに規格外だ。


 身体能力だけでいけば、上級悪魔さえソロで倒せるかもしれない。

 そんな相手と真正面からぶつかりたくはない。


 光明があるとするなら、現在彼は意識を喪失していることくらい。

 そのせいで、彼の体術は中級者レベルまで落ちてしまっている。

 攻撃速度もヴェルほどではない。避けようと思えば避けられる。


(それであれば……)


 考えているあいだに、屋根を伝ってオリアスが戻ってきた。

 右腕が力なく垂れ下がり、左手も指が何本か折れ曲がっている。

 2kmほど吹き飛ばしたが、目立った怪我はない。体力が高すぎるため、ダメージが入らなかったのだ。


 彼が石畳に着地すると同時に、アルトとリオンが戦闘態勢となる。


「どうすんだ!?」

「考え中です。ただ、これから盾防御はしないでください」

「どう防げと!?」

「躱せます?」

「無理。勇者だし」

「デスヨネー」


 これ以上攻撃を盾で防げば、反発ダメージでオリアスが死ぬ可能性がある。

 だが盾での防御を禁止すれば、回避が苦手だリオンが危険だ。


 かといって、アルトがオリアスを引きつけるのは難しい。

 リオンのパッシブ挑発を上回って、ヘイトを稼ぐなど人間には不可能なのだ。


(まずいな。八方塞がりだ)


 アルトの額に汗が浮かぶ。


 考えている余裕がない。すぐにでも行動しなければ取り返しが付かなくなる。

 どうする? どうする!?


「オリアスさん! 聞こえますか!?」


 試しに大声で呼びかけてみた。

 それはほとんどやけくそに近い行動だった。


 現在オリアスがこのような状況に陥っているのは、ヴェルが宝具を用いて彼を操っているためだ。

 ここに来る前にヴェルに訊ねたが、解除する方法がないことしかわからなかった。


『毒がぬけるまで、解除できないよー』


 ≪殉身無苦(リリック・オブ・ヘイメル)≫は一度指令を与えてしまえば、指令の上書きは不可。

 指令を完遂するまで止まらない。


 封印されていないのが不思議なほど、悪辣な宝具である。


 さておき、今はできる限りのことをやるしかない。

 それでダメなら……。


 オリアスに呼びかけ続けるけれど、やはり僅かな瞳の揺れ以外なんの変化もない。


 彼に呼びかけつつ、アルトは《水魔術》を発動。

 攻撃力のない、ただの水をオリアスに浴びせかける。


「…………」


 放水が攻撃だと認識したのだろう。オリアスがアルトを睨み付け、腰を落とした。


 筋肉の僅かな胎動。

 感じた瞬間、バックステップ。

 同時にオリアスが突進で迫る。


 以前よりもオリアスの加速度が低い。それに動きも荒かった。


 いくら筋肉やステータスでカバーしていても、骨が折れていれば踏み込みが弱くなる。

 意識が痛みを無視しても、体の動きは正直だ。


 オリアスの攻撃を躱しながら、アルトは必至に頭を働かせる。

 どうにかして彼を助けたい。

 けれど、まともな方法が思い浮かばない。


「……仕方ない。この方法は避けたかったんだけど」


 アルトは顔を歪め、体にマナを循環させた。


 オリアスの拳を大きく躱しながら、アルトは空中に《熱魔術》を浮かべ、下方に向かって《風魔術》で熱風を送り始めた。





 リオンの目の前で、アルトが戦闘に不向きな魔術を使用した。


 これは迷宮に潜っているときに、体を綺麗にするのに使っているスキルだ。


「師匠、一体なにをするつもりなんだ……?」


 リオンは眉間に皺を寄せる。


 体を濡らし、温風で衣服を乾かす。リオンもアルトによくやってもらっていたが、これがなかなか綺麗に汚れが落ちる。


 傷口からばい菌が入ると、傷口が化膿して最悪壊死してしまう。フォルテルニアには日本のように抗生剤がないため、破傷風に罹れば命に関わる。

 そのためダンジョンでレベリングしている時は、最低一日に二度、アルトに体を洗ってもらっている。


 オリアスも現在、酷い外傷を負っている。

 先ほど遠くまですっ飛ばしたせいで、体が汚れている。


「もしかして、オリアスの体を気遣ってんのか?」


 アルトが暖かい風を送風している間も、オリアスは間断なく攻撃を続けている。とはいえ現在ではリオンですら目で捉えられるほど、動きが鈍化してしまっている。


 アルトが言うとおり、彼はもう限界なのだ。


「しっかし、師匠はなに考えてんだ?」


 彼がやっているのは、オリアスに水を掛けて温風を当てる。ただそれだけだ。

 攻撃の類いは一切行っていない。


「うーん」


 リオンは眉間に皺を寄せたまま、2人の攻防の成り行きを見守るのだった。

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