第202話 筋肉こそ最強

 オリアスの攻撃はまるでどこぞの栗鼠っ子のように苛烈だ。


「――ッ、にしても、なんか攻撃力上がってねぇか!?」


 気のせいだろうか。だんだんオリアスの攻撃が重くなっていく。

 まるで彼が攻撃する度に、こちらのダメージの一部が跳ね返っていくような――。


「――まさか!」


 その事実に思い至り、リオンは心の中で泣き叫ぶ。


「師匠、なんてことしてくれたんだッ!!」


 盾に反撃機能がついているせいで、オリアスが強くなっているのだ。


 オリアスの攻撃はすでに、防御力が非常に高いリオンですら、まともに耐えきれないほど強化されている。


 1撃防ぐと腕が砕け、危うく盾を落としそうになる。

 普通の人間なら、デコピンだけでも即死するかもしれない。


 ヴァンパイアの固有スキル〈HP回復力極〉と、拷問でカンストした〈打突耐性〉があるおかげで、リオンはぎりぎり耐えられている。


 だがそれもあと数度の防御の後は判らない。

 盾が壊れるか、衝撃で腕が千切れ飛ぶか……。


 一体彼はどれほどまで強くなるのだろう?

 宝具の力とはいえ、人間離れしすぎている。


「こりゃ中級悪魔も、ワンパンで倒せそうだな……」


 攻撃力が凶悪になった反面、攻撃の回転速度は当初より明らかに鈍化していた。

 ダメージが蓄積されているせいだ。


「おい、なんか喋れよ!」


 さっきからオリアスに話しかけているのだが、まったく反応がない。


「くそっ、マジでどうしろってんだよ!」


 僅かな呼吸の音。

 スキル発動の気配を察知し、リオンは後ろに引いた。

 直後、構えた盾にオリアスの拳が衝突。


 苦痛耐性がカンストしていても気絶しかねない痛みが、リオンの顔を歪ませる。


「――くぅ」


 あまりの衝撃に、ついにリオンは膝を突いた。

 だがダメージを負ったのはリオンだけではない。


 盾が跳ね返したダメージが、オリアスの右腕を砕いた。

 彼自慢の筋肉から、穴の空いたホースのように血液が噴き出した。

 肌の色が、みるみる赤く変色していく。


 普通の人間なら、これで試合終了だ。

 しかし彼は再び構えて腰を落とした。


「待て待て、ちょっとタイム――!!」


 まだ衝撃が抜けきらないリオンに向かい、オリアスが残った左腕を振り抜いた。


 回避しようにも、体が痺れて動かない。

 防御も無理。


(やべぇ、死ぬ!!)


 リオンは己の体が一撃で砕け散る様を幻視した。

 ぐ、と瞼を強く瞑り、恐ろしい苦痛の瞬間に備える。


 ……しかし、いくら待っても何も訪れない。

 恐る恐る目を開くと、目の前に、いつも追い続けた少年の背中があった。


「遅くなりました、リオンさん」

「……あー、師匠遅すぎ。マジで死ぬかと思ったぜ」


 安堵の息を吐き出すと、すとんと腰が落ちそうになる。

 だが、休憩するのはまだ早い。

 ぐっと足を踏んばって、リオンは腕に力を込める。


 多少、間が空いたことで〈自然回復極〉の治癒が追いついた。


「さぁて、こっからはハイパー勇者タイムだな!」

「なんですかそれは……」


 腕をぐるぐる回すと、アルトが呆れたような表情を浮かべた。


 リオンはいま、非常に漲っていた。

 先ほど感じていた恐怖も絶望も、どこかに吹き飛んでなくなった。


 それもそのはず。

 勇者とは、独りで戦うものではない。

 信頼する仲間と共に戦うものなのだ!



  □ □ □ □ □ ■ □ □ □ □ □



 間一髪。リオンに攻撃を繰り出していたオリアスを、アルトは《空気砲》と《ハック》を駆使して、全力で遠くに吹き飛ばした。


(危ないところだった)


 もし一瞬でも割り込みが遅れていればどうなっていたか――オリアスが踏み抜いた石畳を見ると、攻撃の威力が否応なく想像出来る――リオンの命は絶望的だったに違いない。


「そうだ師匠!! 俺の盾になんてことしてくれたんだよッ!?」

「え? 僕がなにか悪いことしました?」

「アンタが俺の盾を弄ったせいで、攻撃を防ぐ度にオリアス強くなってったんだよ!!」

「あーなるほどー」

「なるほどーじゃねえよ!! そのせいで死にそうになったんだぜ!? あーマジで死ぬかと思った……!!」


「だからモブ男さんは、オリアスさんをあそこまで追い詰めたんですね」

「追い詰められたのは俺のほうだよ! 見てわかれよ!」


 時間が経ったことで、彼の傷は完全に塞がっている。


 問題はリオンではなく、彼の防具だ。

 ドラゴン素材を使ったドワーフ謹製の盾と鎧が、若干歪んでいた。


 世界最高峰の防具を歪ませるとは、さすがはユーフォニア12将〝体聖〟である。


「防具が、可哀想ですね。あとで調整します」

「可哀想なのは俺よオ・レ!!」


 リオンがキィィと地面を蹴りつける。


(んー。勘違いしてるな)


 アルトは苦笑しつつ、口を開いた。


「もしかしてモブ男さん。オリアスさんがヴァンパイアだと思ってます?」

「いや、あれは人間だろ? 宝具のせいで人間離れしてるけどな」

「そうですね。でも、オリアスさんは不死身じゃありません。あそこまで身体能力が向上しているということは、おそらく瀕死の重傷を負っているはずです」

「あれでか?」

「はい。ところで、僕がオリアスさんを吹き飛ばしてから、何分経過したと思います?」

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