第201話 最強の背を、追ったもの

※ヴェル討伐シーン追加。

アップの段階ですっぽり抜けてしまいました。

大変ご迷惑おかけして申し訳ありませんでしたm(_ _)m




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 ヴェルは実に恐るべき相手だった。


 まず敏捷が恐ろしく高い。

 そのせいで、攻撃がほとんど当たらない。

 こちらは相手の攻撃を回避するだけで精一杯だ。


(さて、どうやってヴェルを倒せばいいか……)


 ヴェルから逃げるふりをして、アルトは街に〈工作〉を仕掛けて回る。


 すぐに発動すればオリアスのように、1つ1つ潰されて行くだけだろう。

 だからまだ発動はしない。


 100個仕掛けて1つ使えればいいというくらいの気持ちで、いくつもの〈工作〉を仕掛けながら、アルトはヴェルを袋小路までおびき寄せた。


 そして、《マイン》を発動。下から彼女を空中へ吹き飛ばし、空中で《ハック》を展開。地面にたたき落とした。


 それは、通常の人間ならばまず間違いなく気絶はするだろう。

 手加減一切なしの攻撃だった。


 だが、彼女は平然として立ち上がった。


 ……いや、平然としているが足と腕が妙な方向に曲がっている。


(まさか、苦痛耐性がMAXなのか……?)


 アルトが見守る中、ヴェルが手の平にマナを集めた。


「――治癒魔術!?」


 生粋のアサシンのようなヴェルが、〈治癒魔術〉まで使うとは予想もしていなかった。


〈短剣〉の技術は高いし、プラスして〈治癒魔術〉も使えるとは。

 さすがは12将、とんでもない人達ばかりだ。


 アルトは、敵ではあるがヴェルを尊敬した。

 ガミジンと同じように。

 いままで見たことのない戦い方を見せてくれたことに、強い感謝の念を抱いた。


 そして相手の誇りと尊厳を、決して穢さないように、全力で立ち向かう決意を固める。


 アルトは一度力を抜いて、深呼吸をする。

 その間に、魔術での治療が終了したのだろう。ヴェルは腰を深く落とした。


「それじゃいくよー。せーの!」


 踏み込むと同時にアルトの目から彼女が消失した。


 やはり、見えない。

 全方位に〈気配察知〉を向けていたが、素早すぎて捕らえきれない。


 彼女の短剣がアルトに迫る。

 そのとき、

 アルトの目の前で水が地面から吹き上がった。


「ぐぇ!?」


 いままさに攻撃しようと突進してきたヴェルが、水柱の中に突っ込んだ。

〈水魔術〉を付与した《マイン》が発動したのだ。


 ドゥッパーン! と腹から川にダイブするような音が鳴り響く。

 だがそれでも彼女は止まらずにアルトに短剣を伸ばす。


 しかし、たったそれだけで、回避する時間が稼げた。


 水柱をものともしないヴェルの攻撃を、アルトは寸前で回避。

 体を入れ替え、離脱。


 一瞬で、2人の位置が入れ替わった。

 今度はヴェルが壁際だ。


 壁際ではあるが、瀬戸際ではない。


 彼女は水を滴らせながらも、笑っている。

 まるで、こうなることを予測していたかのように。

 あるいはこうなることを予測出来なかったからか……。


 アルトはすぐさまガミジン式魔術攻性防壁を発動。

 周囲10mに100の小さな光弾を浮かべる。

 それぞれ当たれば致命傷にはならないが、タダでは済まない威力がある。


 それを一瞬で理解したのだろう。ヴェルは口角を思い切りつり上げ、ちらり真っ赤な舌で軽く下唇を湿らせた。


 ――突破できるものならやってみろ。

 ――良い度胸だねー。


 無言の会話。

 刹那。ヴェルが突っ込んできた。


 それを見て、アルトは光弾を縦横無尽に動かす。


 彼女は一旦足を止め、突如短剣を振り抜いた。


 放たれた異常な殺気に気づき、アルトは慌てて回避。

 直後、眼前を剣圧が通り抜けた。


「……危なかった」


 アルトの背中に冷たい汗が流れ落ちる。


 攻性防壁を解除し、アルトは地面を蹴る。

 右に逃げようとするもヴェルが殺気を飛ばしてきた。


(こっちに来る? それともフェイント?)


 瞬時に判断し、逆へ向かう。

 ほぼ同時にヴェルが殺気が向かった場所に短剣を滑らせていた。


 1瞬1瞬が気を抜けない。

 間違えたら最後、命が消える。


 集中力が限界を超え、1秒が永遠に引き延ばされる。

 それでもヴェルの動きが霞む。


 アルトはヴェルに魔術を当てられない。

 ファイアウォールのように広範囲を攻撃する魔術ならば当たるかもしれないが、マナを練る時間がない。

 それにそのような魔術を放てば、街を破壊してしまう。

 だから、出来ない。


「また、おにーちゃんをおいつめたよー!」


 ヴェルが歌うように鼻を鳴らした。

 たしかに彼女の言う通り、アルトの背中には硬い壁の感触が伝わっている。

 もうこれ以上後ろに下がれない。


「……もしかして、もーおわり?」


 アルトはじっと息を潜め、そのときを待つ。


 どこか子どもっぽい行動はあるが、その言動とは裏腹に能力がずば抜けている。おそらく彼女にアルトの〈工作〉スキルを見せれば見せるほど、どんどん対処してしまうだろう。


 だから、次が最後だ。

 次の一撃で、彼女が倒れればアルトの勝利。

 彼女を倒せなければ、アルトの負けである。


 その意気が伝わったのか。

 ヴェルの瞳が鋭く細められた。


「おもしろかったよ。ばいばい、おにーちゃん」



 彼女が地面を踏むと同時に、アルトも移動。

 方向は真後ろ――〝穴〟が空いた壁だ。


「――えっ?」


 ヴェルの顔に困惑が浮かんだ。

 敏捷はアルトの方が低い。

 どんどんヴェルが近づいて来る。

 その短剣がアルトに突き刺さる、

 その前に、壁を〝閉じる〟。


 瞬間、

 ――ズドゴォォン!!


 激しい音とともに、壁が揺れた。

 壁の振動が収まると同時に、アルトは跳躍して壁の上に乗った。


 壁の向こう側。

 ヴェルは壁の手前で焦点の合わない目を、空に向けて仰向けに倒れていた。


 おそらく肩から突っ込んだのだろう、彼女の左肩がズタズタになっている。

 さらに顔面もぶつけたのだろう鼻と額から血液がしたたり落ちていた。


 見たところ酷い怪我をしてはいるが、生きているようでなによりだ。


「あぁーーぅう?」


 まだなにが起ったのか判らないのだろう。アルトが近づくと、その気配を察知してヴェルが起き上がろうとする。


 彼女は痛みをあまり感じない体質のようだ。

 しかし痛みがないからといって、ダメージまでないわけじゃない。


 壁に衝突したダメージにより、彼女は起き上がれず弱々しく足掻いていた。


 アルトがヴェルを倒すために使った罠はたった1つ。

 もっとも使い慣れた《グレイブ》である。


《グレイブ》は様々な場所に落とし穴を作る工作スキルだ。

 基本的には足下に設置するが、壁や天井に《グレイブ》を設置することも出来る。


 また《グレイブ》は、別の空間に繋げることが出来る。

 実際、アヌトリア帝国の洞窟で悪魔と戦った時は、《グレイブ》を深く伸ばしすぎて別の空間に繋がった。


 さて、では《グレイブ》を壁に設置するとどうなるか?

 答えは簡単。

 壁に落とし穴が生まれ、穴の深さが壁の幅を超えると、ただの〝穴〟になる。


 この穴を使って、アルトは壁を乗り越える。

 その直後に《グレイブ》を解除した。

 結果、ヴェルは穴のないただの壁にぶち当たったというわけだ。


 まだ意識が朦朧としているうちに、ヴェルから短剣を奪い取り、鞄から縄を取り出して捕縛する。

 アルトよりも小さな少女を捕縛することに多少の心苦しさがこみ上げるも、情けを掛けると命が危ない。捕縛は入念に行うのだった。

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