第200話 追う者と、追われる者

「やっとほんきで、あそぶきになった?」


 瞬転、目の前からかき消えたヴェルが、アルトの横で短剣を構え、


「え――?」


 爆発により吹き飛ばされた。


 空中で、ヴェルは激しく混乱した。

 それでも体が勝手に着地の姿勢に入る。


 いまの攻撃は完全に決まったと思った。


 相手は身動き一つ取らなかった。

 眼球の動作も、ヴェルを完全に見失っていた。


 なのに、何故?

 一体なにがあった?


 気持ちを落ち着けて、アルトを観察する。

 すると、彼の周りに浮かぶ拳大の光弾が目にとまった。


「ほえー、なつかしー」


 何年も前のことだが、ヴェルもその技を目にしたことがある。

 ――ガミジン・ソルスウェイが使っていたものと瓜二つだ。


 どうやらあれが体に当たったせいで、自分は吹き飛ばされたらしい。


 シトリーが12将から失脚し、ガミジンがユーフォニアから追放された後、ヴェルは陛下からの勅命を受けた。

 内容は、罪人アルトを見つけ、これを殺すこと。


 本来であれば、戦時中の斬首作戦に使う隠密兵器であるヴェルを、一般人の処分ごときにかり出すなど、どうやらユーフォニアには余裕がないようだ。


 何故そうまでして☆1の劣等人を亡き者にしたいのか。

 理由は定かでは無いが、この勅命にヴェルは喜んだ。


 久しぶりの国外派遣。

 それも、追いかけっこ(ころしあい)付きだ。

 最高の気分である。


 だが、自分とともに行動していたオリアスは、どうも乗り気ではなかった。


「つまんない」


 もし罪人アルトと戦っている時に、オリアスに邪魔をされてはたまらない。


 そこでヴェルは、オリアスの体に宝具≪殉身無苦(リリック・オブ・ヘイメル)≫の毒を流し込んだ。

≪殉身無苦≫は、他人を操る能力を持つ。


 刃から出る特別な毒を流し込まれると、持ち主には一切逆らえなくなるのだ。


「よしー」


 これでオリアスに邪魔されることはない。

 あとは〝あそび〟を満喫出来る!


 アルトってどんな人なんだろう?

 どれくらい強いんだろう?


 ワクワクしながらイノハに付いたヴェルだったが、実際にアルトと戦ってみると、想像よりも軟弱な相手で落胆した。


 つまらない。

 もはや、ヴェルには罪人アルトへの興味が完全に失せてしまった。


 さっさと終わらせよう。

 そう思っていた時だった。

 アルトがあの、ガミジンが使っていた反撃魔術を使って見せたのだ!


(へー……。少し、面白いかも)


 再び興味が湧いてきた。

 予想外の手応えに、ヴェルの口元がつり上がる。


「えへへぇー。おにーちゃんの攻撃は、それだけ?」

「…………」

「こたえないなら、まーいーけど。……これで、さよならだね」


 再び距離を詰めたヴェルの目の前に、光弾が浮かび上がる。

 それをギリギリで回避。

 次々と光弾を交わし、アルトに首筋にそっと短剣を添える。


 だが、回避に時間を掛けすぎたためか、アルトが短剣を回避した。


「ムー。ナマイキ」


 いまので殺すつもりだった。それが躱されてヴェルは腹を立てる。


 怒りを露わにしたヴェルから、アルトが音もなく遠ざかる。

 足を動かしていないのに遠ざかる。その光景に、僅かにヴェルの怒気が薄らいだ。


「え? なにそれー? おにーちゃんきもちわるーい!」

「うぐ……」


 口撃が通ったらしく、アルトは僅かに顔を歪めた。


 先ほどまで、からっぽだった彼への興味が、みるみる溢れてくる。

 次は何を見せてくれるのか、自分の知らない技をいくつ持っているのか。

 どんな力を秘めているのか、気になって仕方がない。


「ふふふー」


 鼻を鳴らしながら、ヴェルはアルトを追走する。


 ステップを踏むように追跡していたヴェルが、ピタリと足を止まった。

 アルトが路地裏の行き止まりにぶつかったのだ。


「おいつめたよ、おにーちゃん!」

「……そうかな?」


 アルトがにやりと笑った。

 次の瞬間、突如足下から激しい突き上げを食らい、ヴェルは空中を舞った。


「な――なに!?」


 ダメージは、ほとんどない。

 ただ単純に、空中に放り出されただけのようだ。


 これに一体なんの意味が?


 ヴェルは激しく混乱する。

 しかしその混乱が収まる前に、今度は上空から下向きの衝撃を受けて地面に叩きつけられた。


「え……え……っ?」


 全身が痛い。

 だがそれ以上に、混乱が酷い。

 何が起こっているのか、さっぱりわからない。


 アルトとヴェルは30mは離れていた。

 だから直接攻撃を受けたのではなさそうだ。


 かといって、魔術を放った様子もない。


 一体、何故?


 混乱しながらも、ヴェルは闘争本能に従い腰を落とす。

 だが、体がうまく動かない。


 異変に気づいて体を見ると、左足と左腕に新たな関節が生まれていた。


「わー肘がふたつになったー」


 怪我をするのは久しぶりだ。


 喜びながらも、ヴェルはすぐに〈治癒魔術〉を発動。

 即座に接骨する。


 普通の人間ならばのたうち回るような怪我だが、ヴェルはなにも感じていない。

 それは〈苦痛耐性〉が高いからではない。


 ヴェルは生まれつき、痛みを感じないのだ。


 だからいつまでも戦い続けられる。

 さらに、エルフの血が流れているおかげで、〈治癒魔術〉も使える。

 死ぬまで、怪我を治しながら、獲物を殺せる。


「つぎいくよー」


 ヴェルは短剣を構えた。


 面白い。

 とっても、面白い。


(これがガミジンが言ってた〝感じる〟っていうことなのかも!)


 アルトとの戦闘は、きっと、今までの人生で最高の時間だ。


「せーのっ」


 短剣を構えて、ヴェルは一瞬でアルトとの距離を詰めた。

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