第199話 勇者見参☆

「――ガハッ!」


 気がつくと、腹部にオリアスの拳が突き刺さっていた。

 どば、と口の中から黒い血があふれ出した。


 衝撃に吹き飛ばされた。

 途中、プツプツと意識が断絶。

 地面を何度も転がり停止したところで、アルトの意識が安定した。


 激しい痛みを堪えて立ち上がる。

 辺りを見回すと、自分がどんな目に遭ったかがすぐに理解できた。


「……なんてひとだ」


 オリアスに殴られたアルトは、後方に吹き飛んだ勢いのまま石造りの家を次々と破壊していた。


 これほどの攻撃に耐えられたのは一重に、ドラゴンマントの耐衝撃性能によるところが大きい。


 とはいえドラゴンも万能ではない。

 拳を食らった腹はまるで穴が空いたように感じられたし、壁にぶつかった衝撃で、あちこちが刺す様に痛い。


 激痛を堪え、アルトは物陰に身を潜めて〈隠密〉で気配を隠蔽する。

 その間に鞄から緊急時用の回復薬を取り出し一気に呷った。


〈隠密〉を維持したままその場から離脱。

 足音を立てぬよう移動する。

 だが――、


「にげてもむだー」


 背後から鋭い殺気。

 慌ててアルトは自らに《ハック》を使って最速で離脱する。


 直後、アルトが居た場所を、オリアスが尋常ならざる速度で通り過ぎた。


「くっ!」


 どう足掻いても逃げられそうもない。

 かといって、オリアスを倒すことも出来ない。


 ならば、残された選択肢は1つだけ。


(ヴェルを倒すべきか)


 もしオリアスがなんらかの方法で操られているのだとすれば、ヴェルを倒せば元に戻る可能性が高い。


 アルトは己の予想を信じ、ヴェルに意識を向けた。

 だが次の瞬間、


「がはっ――!!」


 アルトは再びオリアスの攻撃を受け、石壁に叩きつけられた。


 痛みを無視して立ち上がるも、既にアルトの眼前ではオリアスが攻撃の態勢を取っている。


 この状況を打開する術が、見つからない。

 オリアスを一撃で仕留めることはできないし、あってもやりたくない。

 かといって、こちらにはヴェルを攻撃するチャンスがない。

 攻撃しようと思ったら、オリアスに防がれるからだ。


「おもったほどじゃなかったねー。それじゃ、おにーちゃん。ばいばい」

「……」


 オリアスが腰を下ろし、地面を踏み抜いた。


 アルトはこれから、ハンナを助けなければいけない。

 今だって、場所さえわかればすぐに助けに行きたいと思っている。


 でも、無理だ。

 アルトはハンナを助ける前に、オリアスに殺される。


(悔しい)

(悔しい!)

(悔しい! 悔しい! 悔しい!!)


 どれだけ頑張っても、鍛練しても、強くならない。

 最高の頂には全然足りない。

 壁が越えられない。

 ハンナに手が、届かない。


 オリアスの拳がアルトの顔面に叩きつけられる。

 その寸前。

 アルトの目が、黒い影を捕らえた。


「んなあああああああ!!」


 アルトの前に、紅い鎧を装備した男性が叫びながら滑り込んできた。

 彼はドラゴンの盾を前に構え、オリアスの拳を受け止めた。


 肉が地面に叩きつけられるようなぞっとするような音が聞こえた。

 僅かに彼の位置が後方にずれる。

 それだけで、彼の背中がアルトに触れる。


「立てば勇まし、座れば美男、歩く姿は格好いい! 勇者リオン、華麗に見参!!」

「リオンさん……ッ!」


 未だかつて、これほどリオンの背中に心強さを感じたことはない。

 彼の登場に、アルトの胸が震えた。


「だーれー?」

「だから勇者だよ勇者っ!!」


 足がガクガク震えているのに、口先だけはいっちょ前。

 ずっとアルトを追い続け、ストーカーのように追い続け、鳴いて喚いてダダをこねて、文句ばかり口にしては変態と罵りアルトを追い続けた。

 そんなリオンの背中がいま、アルトの目の前にあった。


「師匠、生きてるか!?」

「……あ、はい。ナイスタイミングでした」

「だろっ!? 勇者らしいタイミングだよな。さっすがオレ! 世界に祝福されて――アババババ!!」


 哀れリオン。

 戦闘中だというのに暢気に軽口を叩くから、オリアスにボコボコにされてしまった。


「モブ男さん。オリアスさんはかなり強いので、いつもみたいにしゃべってる暇はありませんよ!」

「わーってるよ、身をもってな!! くそっ、前に見た時はただの変態だと思ってたのに、どんだけ強いんだよコイツ。……けどよ、オレは勇者だ。勇者ってのは、相手が強ければ強いほど真価を発揮し――あんぎゃああああ!!」

「だからしゃべるなとあれほど……」


 吹き飛ばされたリオンが悲鳴を上げて遠ざかる。

 強力な挑発に釣られたオリアスが、彼を追ってアルトから離れていった。


「……」

「……なにあれー? へんなひとー」

「まあ、そう思いますよね」


 苦笑いを浮かべながらも、アルトはようやく状況をリセットすることができた気がした。

 ……いや実際はリセットには程遠い。


 アルトは満身創痍で、ろくに体が動かない。

 リオンはオリアスを引き付けてどこかに飛んでいってしまったが、彼ではオリアスを倒せない。

 きっと、一方的にボコボコにされるだろう。


 優劣は、ほとんど変わっていない。

 なのに、アルトが先ほどまで感じていた強烈な敗北感が、完全に消失した。


 これが勇者の力か?


「ヴェルさんにひとつ伺います。オリアスさんを操っているのはあなたの宝具の力ですか?」

「それ、おしえるとおもうー?」


 まるで秘密の合言葉を描くように、ヴェルが地面につま先を擦る。


 その返答が、既に答えになっている。

 どうやら身体能力は規格外だが、心理的な駆け引きは苦手なようだ。

 やっと人間らしい面が見えて、アルトはくすりと笑みをこぼした。


「では申し訳ありませんが、あなたを倒して確かめることにします」

「ふふ……」


 笑顔が一転、彼女の全身から殺気が放たれた。

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