第9話 本隊との激突

 無傷のゴブリンが、アルトの脳天目がけて短剣を大きく振りかぶった。


「ギャッ!!」

「くっ――!!」


 咄嗟にアルトは腕で顔と首をガードする。


 一秒。二秒。

 攻撃に備え続け――、


「……ん?」


 しかし、衝撃はいつまで経っても訪れない。


 三秒。四秒。

 恐る恐る瞼を開く。


「あ、あれ?」


 目の前にいたはずのゴブリンがどこにも見当たらない。

 慌ててアルトは辺りを見回す。しかし、やはりいない。

 だが――、


「ギャギャ! ギャギャギャ!!」


 ゴブリンの声が聞こえ、アルトはやっと地面にぽっかりと空いた穴に気がついた。

 どうやら先ほど身を守ったとき、無意識に〈グレイブ〉を展開させていたようだ。


「……危なかったぁ」


 穴に落ちたゴブリンに〈ヒート〉を放ちながら、アルトは額に浮かんだ汗を腕でぬぐった。


 アルトは前世で、1度に数十、数百の魔物を相手にしたことがある。それほどの経験があれば、ゴブリン3匹くらい余裕で倒せるだろう。

 ――そう思っていた。


 事実として、ゴブリン3匹を無傷で倒すことが出来た。

 8歳児としては驚くべき戦果だ。


 だが、それでは駄目なのだ。


 この戦いで、アルトは慢心した。

 かつて魔物の大軍と戦っていた時のアルトは、大人の体だった。レベルだって今より高かったし、技術力も高かった。


 しかし現在の体は子どもだし、スキルは少なく練度も低い。

 前世とは勝手が違う。

 決して慢心してはいけなかったのだ。


「もし大切な戦いで慢心していたら……」


 考えるだけでも恐ろしい。

 大けがをする前に……いや、命を落とす前に気がつけて良かった。


 穴に落ちた最後のゴブリンが息を引き取った直後、アルトは軽い目眩に襲われた。

 俗に言うレベルアップ酔いだ。

 軽い立ちくらみのような目眩はすぐに消える。

 同時に、アルトは体に今まで以上の力が巡るのを感じた。



【名前】アルト 【Lv】1→3 【存在力】☆

【職業】作業員 【天賦】創造  【Pt】0→1

【筋力】8→24   【体力】6→17

【敏捷】4→12   【魔力】32→96

【精神力】28→84 【知力】14→43


【パッシブ】

・身体操作29/100 ・体力回復20/100

・魔力操作43/100 ・魔力回復39/100

・回避  10/100 ・工作1→2/100

【アクティブ】

・体術 19/100

・熱魔術10/100  ・水魔術9/100

・風魔術 7/100  ・土魔術8/100

・忍び足 3/100

【天賦スキル】

・グレイブLv1



「よしっ!」


 ステータスを見たアルトが、胸の前で拳を握った。


 魔力や精神力が、その他の項目よりも上昇率が圧倒的だ。

 幼い頃から魔力トレーニングを行っていたおかげだ。


 努力の成果が判りやすく現われたことに、アルトは喜んだ。


「そういえば、精神力と知力って高くなるとどうなるんだろう?」


 知力は頭の良さに直結しそうだが、レベルが上がってから急激に頭が良くなったようには感じられない。


 また精神力は魔力に続く高さだが、数値の高さを体感出来ない。


「まあ、これも後々調べよう」


 それより今は、ゴブリンを撃退することだけを考える。


 レベルアップによって、ほとんどのステータスが三倍前後上昇した。

 レベル1アルト三人分とまではいかないが、先ほどよりも遥かにパワーアップしている。


「他には……おっ? ポイントが増えてる!」


 アルトは驚き、目を見開いた。

 8年間上がらなかった【Pt】の項目が、1つ上昇していた。


「ポイントが上がったのは、魔物と戦ったから? それとも、レベルが上がったからかな?」


 ポイントが増えたのは良いことだ。

 だが、現在の情報では上昇理由を特定出来ない。


「まあ、上がった理由は置いといて、〈グレイブ〉のレベルを上げよう」


 天賦スキルの説明に、『ポイントを使ってレベルを上昇させる』とあった。

 そのポイントが手に入ったので、早速ポイントを使ってみる。


 スキルボードの〈グレイブ〉をタップすると、説明ではない小窓が出現した。


『ポイントを使ってレベルを上昇させますか?』

『Yes/No』


 文字をよく読んでから、アルトは『Yes』を指で触れた。


>>Pt1→0

>>グレイブLv1→Lv2


「あ、上がった」


〈グレイブ〉が、呆気なくレベルアップした。

 これまでの地道で辛い熟練度上げはなんだったんだ、という思いがアルトの胸を去来する。


「くっ……! ま、まあ、でも、〈グレイブ〉だけで強くなれるわけじゃないし! ポイントだってすぐに上がるわけじゃないしね!」


 これまでの努力は無駄じゃ無かった。

 そう、アルトは自分に言い聞かせ冷静さを取り戻す。


 レベルアップは良いことだ。

 手早くレベルアップ出来るなら、それにこしたことはない。

 だが、こうあっさりとレベルアップしてしまうと、なにか物足りない。


 成長は、苦行の末の結果であるべきだ。

 そう思うのは、アルトが訓練中毒者(レベリング・ホリック)だからか。


 アルトは頬を張って気持ちを切り替える。


「さてっ。あとはこの身体能力でどこまで戦えるかだ」


 スキルボードを消し、森の奥に視線を移した。


 レベル1の状態で本隊と戦えば、いくら戦闘経験豊富なアルトとて分の悪い戦いになっていた。

 だが本隊とかち合う前に、レベルを3まで上げられた。


「もう少しレベルを上げたかったけど、贅沢は言ってられないか」


 アルトは今後、この状況以上に絶望的な戦いに挑まなければならない。


(でも、これは前哨戦だ)


 いまの状態でゴブリンの大群を退けられなければ、あの魔術士にだって敵わない。そんな気がしていた。


 それは理屈ではない。

 心の問題だ。


 ギリギリの戦いで踏ん張れなければ、心に負け癖が付いてしまう。

 ――常に、安全な逃げ道を用意してしまう。


 そうならないように、アルトは自らを追い詰める。


 自分の(ちっぽけな)命を賭けるだけで、他人(ひと)の命が救えるのなら――。


(こんなに愉快なことはない!)


 アルトがにっと口を歪めた、その時だった。

 森の奥から続々とゴブリンが姿を現わした。


「〈ファイアボール〉」


 先手必勝。

 群れの先頭目がけて、アルトが魔術を撃ち放った。


 ――ドッ!!


 狙い違わず〈ファイアボール〉がゴブリンの集団に着弾。

 先頭の五体がアッという間に消し炭になった。


〈ファイアボール〉は前世で特に慣れ親しんだ魔術の一つだ。

 これが使えれば、一人前の魔術士と認められる、そんな魔術である。


 使おうと思えば、前の戦いでも使用出来た。

 しかしあの段階で派手な魔術を使えば、後ろに控える本隊に気付かれる可能性があった。


 本体と戦う前に、1つでも多くレベルを上げかったため、アルトは〈ファイアボール〉を使わなかった。


 本隊がやってきた今、遠慮する必要は一切ない。


 立て続けに二発、〈ファイアボール〉を放つ。

 ゴブリンが、飛来する炎の弾に逃げ惑う。


 しかしアルトは、回避を許さない。

〈ファイアボール〉が躱されそうになった瞬間。


(爆ぜろ!)


 ――ドッ!!


 アルトは遠隔操作で、〈ファイアボール〉を破裂させた。

〈ファイアボール〉を遠隔で炸裂させる技術は、相手の意表を突くのに有効な手段だ。


 爆ぜた炎に対応出来ず、ゴブリンがあっさり呑み込まれる。

 炎がより一層大きく燃え上がる。

 アッという間に、先頭集団が物言わぬ炭となった。


「はぁ……はぁ……」


 彼我の差は圧倒的だ。

 だが、アルトには余裕がなかった。


(あと……何発撃てるかな?)


 早くも魔力の底が見えてきた。


 アルトは8歳の頃から、一日も休まず魔力を上げ続けた。

 それでも、大群と戦うには魔力が足りなかった。

 それは、レベルが低すぎるせいだ。


 高い魔力回復スキルのおかげで、ジワジワと魔力が回復してはいる。

 しかしその程度の回復など、焼け石に水である。


(今ので、レベルは上がったか?)

(魔力は? どれくらい上がった?)


 アルトがスキルボードを出そうとした時だった。

 森の奥から、大量のゴブリンが現われた。

 先ほどの先頭集団の倍以上はある。


「くっ……!」


 群れを見て、心に絶望が押し寄せる。

 絶望で満たされるその前に、アルトは力いっぱい頭を振った。


「集中だ。戦うことだけに、集中するんだ」


 忍び寄った絶望を意識から振り払い、集中力を高めていく。

 ここで諦めれば、また大勢の命が失われる。


(もう二度と、誰も死なせない!)


 意識を集約し、集中の深い泉に潜っていく。

 無意識に、呼吸が深くなる。

 心臓が全身へと、激しく血を送り出す。

 体中を巡るマナの純度が高まっていく。


 前方から、ゴブリンが雄叫びを上げて迫ってくる。


(広く)

(深く)

(全てを呑み込む穴を!)


 アルトは叫ぶ。

 この世で唯一の力(スキル)の名を――。


「〈グレイブ〉!」


 アルトが手をかざした。

 次の瞬間だった。

 全身から大量のマナが抜けた。


 がくっと膝が折れた。

 魔力の大量消費による倦怠感が押し寄せる。

 全身が高熱に冒されたかのように軋む。

 ともすると、意識が飛んでしまいそうだった。


「て、敵は……?」


 落ちそうになる瞼を必死に堪えながら、アルトは前を見た。

 しかし、ゴブリンは依然として、なんら変わりなく存在していた。

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