第8話 ゴブリンとの緒戦
アルトが前に進むと、月が照らす大地にぽっかりと開いた穴を発見した。
この穴こそが、アルトが発動した工作スキルによる魔術だった。
穴は、1平方メートルほどの地面に、深さ5メートルと、そこそこ深いものだった。
八歳児ほどの身長の者が落ちればひとたまりもあるまい。大人ですら、ここに落ちれば怪我をするはずだ。
穴の形状的に、土魔術で作ったものに似ている。
しかし、土魔術とは違って穴を掘った後の土が出ていない。
スキルボードをチェックすると、《工作》と〈グレイブ〉の二つがスキル欄に出現していた。
「へぇ、いまのはグレイブっていう名前の魔術なんだ」
使い方によっては化ける可能性がある。将来性のあるスキルだ。
しかしこれだけでは、あの黒衣の魔術師を倒すには全く足りない。
「――って、あれ? 〈グレイブ〉だけ普通のと表示が違うな……」
スキル欄に表示されたスキルは、これまでのものと違いレベル表示だった。
『〈グレイブ〉Lv1』
「なんで表示が違うんだろう?」
通常ならば、熟練度表示が付くはずだ。
しかし〈グレイブ〉はレベル表記だ。
この違いはなんなのか?
説明が載っているかもと、アルトは〈グレイブ〉をタップする。
『〈グレイブ〉Lv1』
『天賦スキルの一つ。数値はレベル』
『最大は9。ポイントを使ってレベルを上げる』
「ポイント? ……ああっ! スキルボードのあの【pt】を使うのか」
アルトはぽんと手を拍った。
8年越しの謎が解決した。
しかし、同時に新たな謎が浮上した。
「でもこのポイントって、どうやって取得するんだろう……?」
8年間鍛えてきて、一度もポイントが1になったところを見ていない。
鍛えるだけでは貰えないポイントのようだ。
「うーん。魔物を倒すと貰えるのかな?」
現時点では情報が足りない。
ひとまず魔物と戦った後に検証することにする。
「今回発動したのはグレイブだけど、工作って他にもいろいろ出来そうな気がするし、おいおい調べて……ん?」
ふと、《気配察知》が森の奥に気配を探知した。
それと同時に、前世で60年近く磨いてきた直感が体を動かした。
アルトは素早く態勢を低くして、じっと森を凝視する。
陽は既に沈んでいる。
空に月はない。いつもよりもより暗い闇が、あたりを塗りつぶしている。
そんな中、森の奥から緑色の生物が姿を現した。
――ゴブリンだ。
「来たっ!」
アルトの血がざわついた。
緊張で肌がブツブツと鳥肌を立てる。
心臓が激しく胸を打つ。
(大丈夫。僕には前世の経験がある。だから、大丈夫)
自己暗示をかけながら、深呼吸を行う。
掌にマナを集中させ、ゴブリンの出方を待つ。
森から現われたゴブリンは、全部で三匹だった。
前回村を滅ぼしたゴブリンの数は、この程度ではなかった。
つまりこの三匹は、偵察役なのだ。
「げぎゃ!?」
ゴブリンが、アルトを発見した。
小さな人間――それもたった一人しかいないため、与しやすいと考えたか。偵察役であるだろう三匹が、声を上げながら走り寄ってきた。
本来ならもっと早いうちに魔物を倒して、レベル上げをする予定だった。
だが、両親や村人が子どもの村外出入りを厳しく制限しているため、魔物との戦闘が行えなかった。
だからこれが正真正銘、二度目の人生で初めての戦闘だ。
「ふぅ……」
一度、深呼吸。
集中力がみるみる高まっていく。
雑念が消失。
意識が戦闘にのみ集約される。
瞼を開くと、もうすぐそこまでゴブリンが迫っていた。
だが、慌てない。
既に集中の限界に到達しているアルトの世界は、コマ送りになっているから。
相手の動きを見極めながら、魔術を発動した。
「〈ヒート〉!」
顔面に魔術を叩きつけられたゴブリンがのたうち回る。
熱魔術の初歩である〈ヒート〉は、マナで空気を加熱させる。
現在のアルトが出せる温度は、300度程度。
息をすれば、肺が焼ける温度だ。
つまり倒れたゴブリンは肺に火傷を負い、呼吸困難に陥っているのだ。
残る二匹のゴブリンが醜い顔をさらに歪めた。
腰に据えた短剣を引き抜く。
ザリッと錆びが擦れる音。
ゴブリンが、耳障りな雄叫びを上げた。
一匹がアルトめがけて短剣を突き出した。
一般人ならば恐怖を感じる踏み込みだ。
しかし、アルトはそれを余裕を持って躱す。
もう一匹も加勢し、ゴブリンの攻撃は苛烈さを増していく。
ある程度ゴブリンの攻撃を回避したところで、アルトは再び〈ヒート〉を使用。片方のゴブリンを脱落させる。
残り一匹となっても、ゴブリンは戦意を失っていない。
逆に醜悪な顔が怒りに歪んでいく。
「ゲギャッ!!」
「――っ!」
ゴブリンの攻撃に合わせバックステップ。
地面に倒れたゴブリンの手から短剣を奪う。
――その時だった。
「……ギャ」
倒れていたゴブリンが、アルトの足首を掴んだ。
「まずっ――」
〈ヒート〉を当てた二匹のうち、片方がまだ生きていた。
ゴブリンの力は、簡単にふりほどけない程度には強い。
手を振りほどく、その隙が致命的だった。
気付けば間合いは二メートル。
あと一歩で、手を伸ばせば届く距離。
無傷のゴブリンが、アルトの脳天目がけて短剣を大きく振りかぶった。
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