第7話 力の実験

本日より毎日1話ずつ投稿します。

投稿時間は18時予定です。

宜しくお願いします。




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 8歳になった子どもは、皆一斉に教会に集められる。魔道具のブレスレットを貰うのだ。


 そのブレスレットは、徴税に用いられたり、身分証として利用されている。

 これがなければ入れない街もあるほど、重要なアイテムだ。


 アルトが8歳になるまでこの村を出なかったのも、このブレスレットを手に入れるためだ。


「これがなきゃ、手続きが面倒なんだよねえ。お金もかかるし」


 ブレスレットがない場合は公館に赴き、手続きをしなければならない。

 情報登録とブレスレットの費用として、金貨1枚がかかる。


 金貨1枚は、農民が1年暮らせる程の大金だ。

 それが、8歳になるとタダで手に入る。


 入手しておいて損はない。


 ブレスレットをしっかり腕に填めたアルトは二度、自らの頬を張った。


「よしっ!」


 ――この村で、やらなければならないことがある。


 アルトは気合を入れて、実家へと戻っていくのだった。

 その体に、闘志をみなぎらせながら。




 アルトは忍び足で家の裏手までやってきた。

 そっと窓を覗き込み両親の姿を確認する。


「――は、どうかしら。ちゃんと司祭様からブレスレットを貰えたかしら」

「アルトはよく出来た子だ。きっと大丈夫だよ」

「それはそうでしょうけれど。心配なのよ」


 そわそわと落ち着きのない二人の話し声が聞こえてくる。


「私、あの子のことがわからないの」

「どうしたんだよ、いきなり?」

「あの子、小さい時からずっと外で遊んでたから。私、あの子のことなにも分かってあげられなかった……。

 私はあの子を、幸せにさせてあげられたのかしら……」


(母さん。僕は、幸せだったよ)

(間違いなく、幸せだった)

(母さんは僕のやりたいことを、止めなかった)

(やりたいように、やらせてくれてたから)


 母の言葉に、アルトの胸が熱くなった。

 母がこんな風に考えていたとは、思ってもみなかった。


 もしアルトの訓練を止めるような母であれば、アルトはすぐにでも村を出ていたかもしれない。

 この年まで家族団らんの時間を過ごせたのは、間違いなく、この母だったからこそだった。


「アルトは小さい頃から、なにかに夢中になってからな。夢中になるってことは、幸せなんだと思うぜ。

 俺たちが出来ることは、あいつの幸せを邪魔しないことだ。そして、あいつが不幸になりそうな時に、命をかけて守ることだ。それさえ出来たら十分だ。

 アルトは、普通の子どもじゃないからな。俺たちが助けなくても、大きく育っていくさ。親としちゃ、寂しいんだけどな……」

「もう少し、頼って欲しいわよね」


 これ以上聞いていては、この場に心が残ってしまいそうだ。

 アルトは目元を強く拭い、奥歯を噛みしめる。


 2人にはここまで育ててくれた恩義がある。

 期待もしてくれたし、愛情も沢山注いでくれた。

 だが……。


(父さんも、母さんも、みんなも村も、なくなってしまうから……)


 アルトは気配を殺し、実家から離れていくのだった。



  □ □ □ □ □ ■ □ □ □ □ □



 8歳になり神殿でブレスレットを手に入れた後。

 アルトが暮らしていた名も無きこの村が、魔物の群れに襲われ壊滅する。


 誰もが寝静まった深夜に、魔物は森の中から現われた。

 アルトは両親に連れられて、村から逃げ延びた。


 突然の出来事に硬直したアルトの体を、父が力強く抱き上げてくれた。

 母が手を握って、励まし続けてくれた。


 初めは父が、続いて母がゴブリンに撲殺された。


『にげ……て……。わたしの……大切な……ある、と……』


 自らが殺されそうになりながらも息子を思う母の声に、アルトは泣き出した。

 泣きながら、村の外へと走った。


 アルトは、魔物が怖かった。

 攻撃されるのが怖かった。

 死んでしまうのが、怖かった。


 8歳児が、魔物を怖れるのは当然だ。

 魔物の群れから一目散に走って逃げて、生き延びられたというだけで大金星だ。


 しかしアルトは、その時の自分を生涯許すことが出来なかった。


 走っている最中、考えていたのは両親の無事ではなく、魔物から逃げおおせることだけだった。

 自分のことしか考えていなかった。


 血を流している両親のことさえ忘れてしまえる、自分の醜い生存本能が、アルトはたまらなく嫌だった。


「だから今回は……」


 強い決意を胸に秘めて、アルトは村にあるちっぽけなバリケードを出た。

 魔物が出て来ただろう森を前に、大きく息を吸い込んだ。


〈ファイアボール〉や〈アイスニードル〉などの初級魔術であれば、練習せずとも放てる自信がある。

 しかし、途中で魔力が切れ、魔術が放てなくなる可能性が高い。

 現状の魔力で魔物の群れを退けられる確証が、アルトは持てなかった。


 魔力が切れたら、あとは近接戦闘だ。

 子どもの体で、それもレベルは1の状態で、武器も持たずに魔物に立ち向かうなど、誰しもが無謀だと口を揃えるだろう。


 それでも、過去の哀しみを、新しい記憶で塗り替えられる可能性がある限り、アルトは諦めるつもりはない。



【名前】アルト 【Lv】1 【存在力】☆

【職業】作業員 【天賦】創造

【筋力】8   【体力】6

【敏捷】4   【魔力】32

【精神力】28 【知力】14


【パッシブ】

・身体操作29/100 ・体力回復20/100

・魔力操作43/100 ・魔力回復39/100

・回避  10/100

【アクティブ】

・体術 19/100

・熱魔術10/100  ・水魔術9/100

・風魔術 7/100  ・土魔術8/100

・忍び足 3/100



 これが、8年間育て続けたアルトの基礎能力だ。


 初めの頃は分からなかった数値も、観察を行った結果、ある程度は把握出来ていた。

【筋力】なら、大人で15くらい。20くらいあれば、力持ちの大人並みになる。


 他のステータスも、筋力と同じ考え方で間違いないだろうとアルトは考えている。

 つまり【魔力】が30を超えているアルトは、尋常ではない魔力を持っていると言って良い。


 おまけにステータスは、ここからさらにレベルアップで飛躍的に上昇する。

 レベルが2・3上がるだけで、一般的な魔術士を凌駕するだろう魔力が手に入るだろうと、アルトは予想している。


 このステータスがあれば、ゴブリン1匹倒す程度なら造作もない。


 ステータスだけではない。

 アルトには練度の高いスキルがある。


(さらに工作があれば、もしかしたらゴブリンの大群も……)


 想像した未来に、背筋がゾクゾクと震えた。

 頬を強く叩き、アルトは気を引き締める。


 天賦【創造】に付随するスキル《工作》について、アルトは現時点ではまだ発動に成功していない。


 いままで何度か、発動しようとチャレンジしてきた。

 だがその度に失敗に終わっていた。


 失敗の原因は、分かっている。

《工作》発動に要求される魔力量が、多すぎるのだ。


 とはいえ、アルトが最後に《工作》にチャレンジしたのは半年前のこと。

 それから魔力量は確実に上がっている。


「いまなら、《工作》が成功するかもしれない」


 そうは思うが、一発勝負は危険だ。

 アルトは《工作》の練習を行う。


「たぶん、魔術と同じように使えると思うんだけど……」


 マナをくみ上げる方法はわかる。

 しかしアルトは、工作スキルの理論を知らない。


「まさか、物作りの手作業が早くなるってスキルじゃない……よね?」


 もしそうなら、これまでアルトが《工作》に失敗してきた理由に説明が付いてしまう。

 がっかりスキルも良いところだ。


「いや、さすがにそれはないか」


 なにもせずに諦めるより、最後の瞬間まで全力で手を尽くす。

 七十年間、アルトはそうやって生きてきた。


 だからまずは、スキルを発動させることだけに集中する。

 雑念を払い、深い集中の底へと潜っていく。


「…………」


 十数分の静かな試行錯誤の末、アルトの感覚が見知らぬとっかかりを掴んだ。

 そのとっかかりをたぐり寄せるように、アルトはマナを一気に注入した。

 その時だった。


「……くっ」


 スキル発動の感覚とともに、アルトの体を強い倦怠感が襲った。

 桁外れにマナを消費したのだ。


「やっぱり、すごい量のマナを使うな……」


 現時点のアルトでも、マナが枯渇寸前になる程だ。

 これまで発動出来なかったのも頷ける。


「さてさて、スキルの方はどうなってるかな? ……おっ!」

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