第151話 妄想を無自覚に体現する女

 ネフィリルが豹変した理由がわからないまま、アルトは工房で《術式製作》を教わる。

 酋長の態度が軟化したからといって、他のエルフの当りはまだ冷たく堅い。それでも酋長命令だからだろう。エルフの術式についてきちんと説明してくれる。


 見て覚えるドワーフ式とは違い、エルフは理詰めの指導だった。


 エルフの持つ術式に対する深遠な知識が、まるでスポンジが水を含むように、どんどん脳にしみこんでいく。


 エルフ式の術式は、魔力で回路を作るアルトのものと違い、文字が使われる。

 エルフの古代文字24種の組み合わせで、あらゆる効果が生み出される。


《術式製作》の素晴らしいところは、その効果だ。


 アルトの《術式製作》は、武器をより強固にしたり、切れ味を鋭くしたり、はたまたハリセンなのに剣にしてしまったりする。


 代わってエルフの《術式製作》はその上で更に、マナを注入すると違う効果が上乗せできるようになる。


 たとえば魔術回路を通して堅くした剣に、エルフ式の《術式製作》を使って柔らかく変化させれば、硬いのに柔らかい、あり得ない武器が誕生する。


 あり得ない――神秘性を持った武器とは、つまるところ人口宝具に他ならない。


 エルフ式の《術式製作》を覚えるだけで、アルトは手ずから人口宝具を生み出せるようになるのだ。

 恐るべき技術である。


 アルトは理屈をすぐに覚え、実践する。

 性質を選び抜いた文字列を、ドワーフの武器に刻印していく。

 この時必要になるのが、金緑石の粉末だ。


 この粉末を使って、魔術回路と文字を刻んでいく。

 要領は砂粒を風で操る〈風砂刃(サンドカッター)〉に近い。

 マナを通して粉末を操り、金属を削っていくのだ。


 この金緑石が無ければ、エルフ式の《術式製作》が出来ないというわけではない。

 だが使わないと大量にマナを消費してしまうのだ。


 その消費量は、魔力が秀でたエルフでさえ、粉末を用いずに刻印すると途中でマナが欠乏してしまうほどだ。


 一つ一つ手応えを確かめながら、アルトは《工作》で刻印を行った。

 時間をかけて刻印し、終わったらマナを流して出来映えを確かめる。


《術式製作》は、以前工作に統合された。

 同名のスキルが無ければ駄目かとも思ったが、どうやら統合済みの《工作》でも、エルフと同じものが仕上がるようだ。


 この文字列だとどうなるか? こっちはどうだろう?

 どんな効果になるか気になって、次から次へと刻印を行っていく。


  「おい、アイツ本当に人間か?」

  「休みなしで刻印してるぞ……」

  「しかも金緑石の粉末を使ってないぞアイツ!」

  「死ぬ気か……」

  「二人とも、知らなかったのか? アイツは初めから粉末を使ってないぜ」

  「「……マジかよ」」

  「しかも1日ぶっ続けで20個は刻印してる」

  「「うわぁ……」」


 裏でエルフが青ざめていることなどつゆ知らず、アルトは夢中で作業を行っていく。


 深く集中したまま気絶するまで刻印を続け、倒れてもマナが回復し次第起き上がり、作業に取りかかる。


  「アイツ、本当に人間か?」

  「亡者に取り付かれてるんじゃないのか?」

  「いいや、アイツはドワーフと同じなんだろ」

  「ドワーフと同じ……なんだただの変態か。ビックリした」


 他のエルフも一緒に作業を進め、2週間経った頃。

 3ヶ月分はたまっていた武具のすべてに、アルトは〈刻印〉を刻み終えたのだった。




 エルフの技術に興味のないリオンらは、アヌトリア帝国首都イシュトマに赴き、ワイバーン討伐で手に入れた魔石を売却していた。


 初日に持ち込んだ魔石はしかし、すぐに買い取ってはもらえなかった。

 それはギルドに買い取れるほどのお金がなかったからだ。


 もしそこにアルトがいれば、ワイバーンの魔石を、ギルドが十分買い取れる範囲で販売しただろう。

 だがギルドに赴いたのはリオンである。

 手加減など一切するつもりは無かった。


 お金は多ければ多い程良い。

 ルミネにいるルゥから出してもらった魔石1万個の入った大きな袋をカウンターに置くと、査定室にいる職員全員が一斉にどよめいた。


『っふん、どうよ?』


 上機嫌に胸を張るリオンだったが、その日すぐにお金は受け取れず意気消沈。

 証文をもらって後日再度ギルドを訪れることになった。


 結果として魔石の買い取り金額は金貨100枚となった。

 大金を前にして、リオンは顎をあげる。


「くっくっく。まさに勇者にふさわしい売却額だぜ!」

「このような魔石を大量に仕入れてくるなんて。さすがは――ジャスティス様ですね」

「ちょ、ちょっと待って。なんでおまけのシトリーを褒めてんだよ? 魔石を持ち込んだのはオレだよオレ! しかも、ワイバーンを倒したのはオレの師匠だからな? シトリーじゃねぇから!!」

「うふふ。そう言うように、シトリー様から申しつけられているのですね」

「ちげぇから!」

「此度はお忍びですか?」

「聞いてねぇしっ!!」


 受付嬢はリオンの言葉に一切耳を貸さない。

 むしろ何を言っても、それはシトリーがリオンにそう言えと命令したからだと思い込んでいるようだった。


「いえ、わたくしはその……」

「言いにくいのであれば構いません。ああ、そうそう。冒険者登録の方ですが、これほどの功績を残されたのですから、Aランクからはじめさせていただきますね」

「なんでだよ!?」


 ああ、いままで夢見たテンプレが……。

 自分ではなく何故貧乳小娘の身に起らなければいけないんだ!!

 未だBの自分を差し置いて、いきなりAなんて……。


「ギルド長! シトリー・ジャスティス様がお見えです!」

「ししし、シトリー、帰るぞ!!」


 みんなの夢〝ギルドマスターイベント〟が発生しそうになったところで、リオンは慌ててシトリーの腕を掴み、冒険者ギルドから逃げ出したのだった。


 ――世の中、絶対間違ってる!!

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