第150話 エルフ式の術式製作

 ワイバーンが住処に戻って来ないか確認しに行った帰り道、ルミネの街からの使者がアルトの前に現れた。


「酋長邸へお越しください」


 エルフは不満顔を隠そうともせずに言った。

 なんでこんな仕事を俺がやらなきゃいけないんだよ、という愚痴が聞こえてくるようだ。


 アルトはリオンとシトリーを眺めてから口を開く。


「2人も一緒で良いですか?」

「…………」

「ダメなら帰ります」


 本来なら、酋長からの呼び出しには応じなければいけない。

 だが断ったからといって、彼らとの関係はこれ以上悪化しようがない。

 底についたら、もうそれ以上は落ちないものなのだ。


 アルトがそんな態度を示したのは、前回のネフィリルの態度が気にくわなかったからではない。

 ネフィリルのせいで、リオンとシトリーが機嫌を悪くしたからだ。


 ルミネに行けば2人はまた機嫌を悪くするかもしれない。

 だからといって顔を合わせなければ、関係改善のチャンスさえないのだが……。


「……わかった。帯同を許可する」

「一体何様の――」

「まあまあ」


 暴発しそうになったリオンをギリギリ止めながら、アルトは密かに使者を見直していた。


(これは、少し風向きが変わってきたかもしれないな)





 酋長邸に到着すると、すぐにネフィリルが姿を現わした。まるで前回とは違う対応に、アルトは風向きの変化を確信する。


「ご用件をお伺いしても?」

「貴様が以前、エルフの工房を覗き見ていたという報告を耳にした」


 ぎく、とアルトは肩をふるわせた。


「何故覗き見た」

「……〈刻印〉に、興味がありました」

「人間の工房に技術を売るつもりだったのか?」

「いえ、断じて違います!」

「では何故だ」

「それは……自分の武具に、自分でエルフ式の〈刻印〉がしてみたかったんです」

「ほぅ?」

「…………あの、僕は牢屋に入れられるんでしょうか?」

「なるほど、なるほど」


 収監を恐れるアルトを見て、ネフィリルが意地の悪い笑みを浮かべた。

 なにかを企んでいる顔だ。

 だが、一体なにを考えているのか予想もつかない。


(どうしよう。本当に百年も牢屋に入れられたら、大変なことになる!)


 アルトの心臓を冷や汗が流れ落ちる。


「ふんっ。もし牢屋に収監すれば、我々は貴様に百年も飯を食わせ続けなければならんのか。全くもって馬鹿馬鹿しい。貴様への罰は、酋長権限で変更だ」

「えっ?」

「エルフの秘術を盗み見した罰として、今後1ヶ月、工房での労働を命じる」

「ん、んっ?」


 むしろご褒美では?

 戸惑うアルトに、ネフィリルが言う。


「これは強制労働だ。休む暇などないと思え」

「は、はあ」

「エルフの秘術を覗き見た罪は重い。貴様には常に監視をつける。だから逃げられるなど考えるなよ。

 また、適当な仕事で1ヶ月を乗り切ろうとも思うな。《術式製作》が頭から離れられなくなるくらい厳しく指導されると思え。もし手を抜くようなことがあれば、その分だけ貴様の強制労働期間が長引くと思え。わかったな?」

「えっ、あ、はい……」


 てっきり百年牢屋に入れられると思っていたアルトは、ネフィリルの沙汰に拍子抜けしてしまった。


 どうやら彼は、本気でアルトに罪を償わせるつもりはないようだ。

 それが言葉の裏からにじみ出ている。


 彼の言葉を、アルトが直訳するとこうである。


『べ、べつにあんたなんて居なくてもいいんだから! ただワイバーンを討伐したお礼に《術式製作》を教えてやるだけなんだから! か、勘違いしないでよね!!』


 そんな言葉の裏がわからないのだろう、納得がいかないようにリオンは頬を膨らませている。

 それでも怒り出さないのは、アルトの表情が若干緩んでいるせいだ。


 代わって、腹芸の世界で生きてきたシトリーはその言葉の意味を十全に読み取ったようで、目を丸くしている。


「しっかり働いて罪を償うのだ。わかったな?」

「はい。ありがとうございます!」


 牢屋と言われて連れてこられた寝所には、牢もなければ鍵もついていない。

 どこからどう見ても、ただの客間だった。


 なんとネフィリルは、アルトに寝所まで用意してくれたのだ。

 おまけに同行していたリオンとシトリーにも、同様の部屋が用意されていた。


「これで野宿生活ともおさらばだ!」


 どうやらリオン達はこれまでずっと野宿していたようだ。

 あとでリベットの耳に入らないよう、堅く口止めしておこう。


 かくしてアルトは、なんだかよくわからないあいだに、エルフから《術式製作》を教わることとなった。

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