第93話 覚えておいて欲しい。僕が世界にいたことを
客人が通る廊下には、アルトが一生のうちに見る事ができない様々な美術品が並べられている。
皿や壺や、何に使うのかわからない焼き物類など、どれほどの価値があるのかアルトにはさっぱり分からない。
美術品が並んだ廊下を抜けると、少し趣が変化した。
今度は廊下に、武具が並べられている。
「ここは重要な客人を招く場所です」
どうやら、先ほどの廊下よりも、格式の高い展示物のようだ。
近くにある剣など、一体いくらするのか。
剣身の光沢からすると、ただのミスリルのようには見えない。
「これ、なんの素材で出来てるんだろう?」
「オリハルコンらしいですよ」
「お……!」
最強の鉱石で有名なその名に、アルトは絶句した。
オリハルコンは非常に希少な鉱石だ。
前世では、オリハルコンの武具を入手しようとした時期もあった。しかし入手出来る場所の情報すら手に入れられず、泣く泣く諦めた経緯がある。
オリハルコンは、冒険者にとって夢と憧れが詰まった鉱石だった。
「びっくりした?」
「うん。オリハルコンって、すっごく珍しい鉱石だから」
「そうですね。ちなみにこの剣は、初代カーネル家当主様の護身用だったらしいです。カーネル家の家宝なんですが、いまのところ誰も装備できた人がいないんですよ」
「おお……」
伝説の剣のような逸話に、アルトは沸き立った。
ここにリオンがいればきっと歓喜したに違いない。
その後持たせろ触らせろと五月蠅そうだが……。
(きっとハーグさんも、この剣の逸話を聞いて『誰も装備出来ない剣』を作ろうとしたんだろうなあ)
「ちなみに、どうして装備出来ないんだろう? やっぱり重たいの?」
「制約をしたからみたいです」
「制約?」
「はい。初代様が、この剣と制約を交わしました。この国だけじゃなくて、世界のすべてに対して善を尽くす。この世界の、すべての〝大切〟を守るために戦う、と。
神代戦争が終わってから初代様は、王様と一緒にこの国を建国しましたが、国を作った時点で、『すべての大切を守るために戦う』という部分を反故してしまったんです。自分の国を守るためには、他の国と競わなければいけませんからね」
「ああ、たしかに。けど、制約ってどうやるの? もしかして、剣が生きてるとか?」
「えっと、もしかしてアルトさんって、制約については知らないんですか?」
アルトは首を振る。
「制約は、ちょっと特殊な方法なんですが、ようは制限を掛けることで強くなったり道具を扱えたりする方法なんです。制約が強ければ強いほど、能力が強くなるみたいです。
ただ、制約についてはあまり解明されていないようです。あまりに古い技術ですし、情報の取り扱いも厳重です。下手に知れ渡ってしまうと、制約を利用して国家転覆を狙う賊が現れないとも限りませんから」
たしかに、ハンナの言う通りだ。
もしテロリストが、王族以外の人間は絶対に殺さないと制約をすると大変だ。
王族はフォルテルニアに暮らす人の中で、圧倒的少数なのでかなり強い制約となる。それだけ能力の伸び幅も大きいはずだ。
そして制約が手軽に出来るのなら、短期間のうちに屈強なテロリスト集団を作り上げることが出来る。
王族を守る騎士たちは、かなりの劣勢に立たされるだろう。
「この剣も、ただでさえ強いんですが、制約が加わることでより一層切れ味が増したそうです」
「なるほどね」
この制約は、神が使う〝魔法〟に近いようだ。
他の方法では代用できない、唯一の現象を引き起こすもの――それが魔法。
制約もまた、それでしか引き起こされない現象だ。
制約と剣について少し調べてみたいが、さすがに公爵家の家宝においそれと触るわけにはいかない。アルトはぐっと奥歯を噛みながら視線を剣から引き離した。
しばらく歩くと、再び内装が変化した。といっても豪華になるのではなく、逆に思い切り質素になった。
どうやらここから、カーネル家の生活の場のようだ。
「ここ、なんだけど」
そう言って、ハンナがとある部屋の扉を開いた。
彼女の部屋は、アルトが泊まっている宿の部屋の5倍はあった。
作業台ほどある机にびっしりと並んだ本。それに、いくつか壁に掛けられた武器。
ちぐはぐな印象を受けるが、必要なものだけを揃えたような部屋だ。
ベッドはダブルかというくらい大きい。
だが、貴族の家と言われて必ず想像するような、ホロ付きのものではない。
(それにしてもデカいな……)
(ベッドのシーツ交換なんて、すごく大変そうだ)
「この部屋は?」
「その、ボクの部屋です」
「そ、そうなんだ……」
アルトは前世では、応接間までしか入っていなかった。
ハンナの部屋を訪れるのは、今世が初めての経験だった。
家に招かれることは、その人物との関係性を象徴している。
一番玄関に近い部屋ではただの客人。奥まで行くと、重要な客人。そして、寝所となると親密な友人となる。
王族でも、親密な相手や地位の高い相手などは、謁見の間ではなく寝所に招く。それがこの国の作法だ。
そこからいけば、アルトはハンナにとって親密な友人ということになるのだが。
(今世じゃなきゃ、素直に喜べたんだけど……)
胸の痛みに、顔が歪んだ。
痛みを誤魔化すため、アルトは訪ねた。
「こんなところに招いてよかったの?」
「はい!」
「僕、農民なのに」
「そんなの関係ないですよ。ボクをこんなに強くしてくれたじゃないですか」
ハンナが頬を軽く染めながら、ニシっと笑う。
「ボクは未来永劫、強くなれない思ってたんです。宮廷学校に入学できたのも、公爵家の家柄のおかげだって。けど、アルトさんはボクを強くしてくれました」
「強くなったのは、全部ハンナの努力があったからだよ」
「いままで努力してきたんです。それでも強くなれなかったんですよ? だからアルトさんの教え方が良かったんです。ここに招いたのは、その感謝の気持ちです。あの、よろしければその……」
ハンナはもじもじと体を動かしながら、上目遣いになった。
その手を、おっかなびっくりアルトに差しだして、
「ボクと、こ…………」
独特の緊張感が、胸を圧迫する。
相手に音が聞こえているのでは? と思うほど、心臓が胸を強く叩いている。
ハンナの雰囲気に、アルトは覚えがあった。
前世でも、ハンナから告白してきた。
『恋人になってください!』と……。
だが、今世ではダメだ。
告白されても、受け入れられない。
受け入れたら、未練が生まれてしまう。
命を賭けるべきタイミングで、日和ってしまう。
幸せな未来を夢見てしまう。
それでは、駄目なのだ。
そのような覚悟で、ガミジンは倒せない。
だから――。
(これ以上を望まれたら、断ろう)
「……こ?」
「……しし、親友になっていただけませんか? これからも、ずっと……」
(なんだ……)
アルトは内心、安堵の息を吐いた。
口をほころばせ、ハンナの手を取った。
「もちろん。喜んで」
以前に比べて皮が厚くなった、それでもまだ柔らかい手を、アルトはしっかりと握りしめた。
「僕らは親友だ。これからも、ずっとね」
「はいっ!」
(だからハンナ、もし何があっても覚えておいて欲しい)
(僕が世界にいたことを……)
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