第183話 忘れられた特技

「なんでオレの武器には属性を付与してくれねぇんだよ」

「え? 必要ですか?」

「当然だろ。ただの武器じゃ死霊系の魔物は倒せねぇだろ」

「モブ男さん、【光魔術】が使えるじゃないですか」

「…………ぁっ!」

「まさか忘れてたんですか?」

「そそ、そんなわけねぇだろ! オレは勇者だぜ? 忘れるなんてねぇよ!」


 完全に棒読み。

 宮廷学校の入試に向けて、必至に練習したことを忘れやがったのかこいつは!?

 あのとき、アルトはどれほど時間を割いてリオンを指導したことか……。

 リオンも苦労したかもしれないが、アルトだってデキの悪い生徒に苦労したのだ。

 それをあっさり忘れるとは、情けない。


「【光魔術】を少しだけ刀身に付与すれば、攻撃が当たるようになりますから……」

「【光魔術】で剣を覆うなんて、実に勇者らしい攻撃だな!」

「もう、二度と忘れないでくださいね?」

「わ、悪かったよぉ」


 大声で誤魔化そうとしたリオンにアルトは釘を刺す。

 せっかくのレアな魔術も、使わなければ宝の持ち腐れだ。もったいない。


 さすがに攻撃が通じる武器を手にしたところで、恐怖はすぐにはぬぐえない。

 アルトはレイス相手に、2人に武器の使い勝手を確認させる。


 リオンは未だに【魔力操作】の熟練が低いのか、刀身に纏わせる光魔術の強弱が安定しない。それでも光の剣が失敗することはないので大丈夫だろう。

 低い【魔力操作】の問題も、ここで狩りをすれば半ば強制的に解決できるはずだ。


 シトリーは魔武具に慣れたもので、その使用に不安は一つも見当たらない。あとは恐怖を克服出来れば大丈夫だろう。それは数日狩りをするだけで解決できるはずだ。


 2人が十分動けるようになったのを確認し、上層での慣らし運転を終える。

 途中現れる魔物を即座に葬り去り、ついでにいろいろと仕込みをしながらアルトは下層へと全力で駆け抜けた。



  □ □ □ □ □ ■ □ □ □ □ □



 下層についてから次々と送り込まれる魔物を、シトリーは1体ずつ葬っていく。

 ここまで半日で魔物を100体は倒した。


 あまりのペースに、シトリーは悲鳴を上げそうになる。

 倒しても倒しても、アルトが魔物をシトリーに送り込むので泣いてもいられない。


 うずくまってもう駄目と言えば、アルトはきっと許してくれるだろう。

 でもそれは、シトリーの自尊心が許さない。


 初めて下層に存在する首のない騎士(デユラハン)を見たときは、あまりの威圧感に恐怖に浸食されそうになった。


 だが今では、「またか」とうんざりする余裕さえ生まれていた。


 恐ろしいのは、自信の経験上最も早いペースで魔物を討伐しているというのに、これまで経験したどんな狩りよりも危険を感じていないことだ。


 体力が尽きそうになったり、レベルアップ酔いを感じると、すかさず反応したアルトが魔物の送り込みを停止する。

 またミスをして怪我をしそうになると、途端に魔術が飛んできて魔物を吹き飛ばした。


 戦場が、完全にアルトにコントロールされていた。

 魔物と戦っているというのに、命の危険がまったくない。

 まるで温室で育つ植物になった気分だった。


(こんなに安全に能力を育めるなんて……驚きですわ)

(この、アルトの力……)


 自分だけのものにしてしまいたい。

 そんな欲望が、胸の奥底から顔を覗かせた。


 この狩り方に感動しているのはシトリーだけのようで、リオンは送られてくる魔物を粛々と斬り倒している。

 ただの愛玩動物だと思っていたルゥも、隙を見ては地面に落ちた魔石を回収している。その素早く熟練された動きは、シトリーも目を剥くほどだった。


 アルトが狩りの手を休めたのは、丸一日経過した頃だった。

 どうやら強いレベルアップ酔いに罹ったらしい。ワイバーンの時ほどではないが、それでも彼は苦悶の表情を浮かべ、壁際に移動してすぐ横になった。


 鞄から水袋を取り出し、シトリーは乾いた唇を湿らせる。

 途中から、とにかく魔物を倒すことで精一杯だった。

 だが落ち着いてみると、自分が一体なにをしていたのかがわかり、恐怖がこみ上げる。


 もしあのとき、攻撃を躱せていなければ。

 もしあのとき、細剣が先に届いていなければ。

 自分は、死んでいたかもしれない。


 認識した途端、シトリーの体はどうしようもなく震えだした。



「モブ男さん。ちょっと試してみたいことがあるので、手伝っていただけませんか?」

「師匠、また何をやらかすつもりだ?」

「失礼な。僕をなんだと思ってるんですか?」


 レベルアップ酔いから回復したばかりだというのに、アルトがまるで何事もなかったかのように楽しげに鼻を鳴らした。

 それになにを感じ取ったのか、リオンが呆れた表情になった。


「師匠は変態だろ」

「ぐっ……。あ、新しいスキルを試したいだけですよ!」

「ふぅん。それで、オレはなにをすればいいんだ?」

「しばらく近づいてきた魔物を討伐してください」

「なんだ、それだけでいいのか?」

「あと、僕が気を失いそうになったら叩いてでも起こしてください」

「あん? んん、よくわかんないけどオッケ、任せろ!」


 アルトが頷くと突然、周囲に小さな光弾が浮かび上がった。

 それに僅かに驚き、腰の細剣に手が伸びる。


 だが光弾からは敵意が感じられない。おそらくアルトの魔術だからだ。


「びっくりしただろ?」

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