第103話 決着……そして

「…………ふぅ」


 ガミジンが起き上がらないことを確認し、アルトは熱くなった息を吐き出した。


 ガミジンはまだ、死んではいない。

 彼が気を失っている今が、命を奪う最高のチャンスだ。

 龍牙の短剣を構え――、


「……」


 しかし、アルトは動けなかった。

 アルトはガミジンを倒した。

 今日の襲撃は食い止めた。


 しかし、未来の襲撃を止めたわけではない。

 明日、ハンナが襲われるかもしれない。

 あるいは明後日かも……。


 今回は、奇襲がうまく行ったから勝てた。

 しかし次に戦えば、どちらが勝つかはわからない。

 ガミジンだって学習する。

 アルトと戦うために、対策を立てるはずだ。

 今回勝利を収めた方法で戦っても、次回は敗北するかもしれない。


 ならばいっそのこと、殺してしまった方が確実だ。

 憂いは、早めに断ち切るべきだ。


 それは、痛い程よくわかっている。

 なのに、アルトは動けなかった。


「…………」


 構えた龍牙の短剣が、震える。

 先ほどまでは熱かった体が、いまは冷たい。


 アルトは、前世も含めて人の命を奪った経験がない。

 だから大切な人を守るためであっても、迷いが生まれる。


 アルトがガミジンの殺害に迷っている時だった。


「一体、なにがあったんだよ!?」

「――ッ!」


 屋根の上から、リオンの声が聞こえた。

 アルトははっとして、短剣の切っ先を下げた。


 彼は屋根から軽やかに飛び降りる。

 石畳に着地して――。


「あ――」


 足首が思い切りねじれた。


「あんぎゃあああああ」


 これまでの緊張感が吹き飛ぶ声とともに、リオンはごろごろと石畳を転げ回った。


「……なにやってるんですか」

「そ、それはこっちの台詞だ! いったいこれは何だ!? 師匠、何をしたんだよ!?」


 アルトはガミジンと戦ったことをリオンに説明した。

 とはいえ、前世のことは伏せる。

 合わない辻褄を強引に合わせながら、ガミジンがハンナの殺害を企てていたと伝えると、リオンが石畳を踏み抜いた。


「なんて話だ! ハンナを殺そうとするなんて、許せねぇ」

「うん」

「でも、なんでハンナが狙われたんだ?」

「どうも、英雄ノ卵っていう天賦が良くないらしい」

「英雄ノ卵……。ああ、あの勇者のばったもんみたいな称号か」


 酷い言いぐさだ。


(本当にこの人、勇者が好きなんだなぁ……)


「ところでマギカは?」


 マギカは《気配察知》能力が高い。

 おそらくアルトが戦闘を行っていたことに気付いているはずだ。


「あれ? そういえばちゃんこいのがいねぇな。ひでぇ音が響いた時に、一緒に宿を出たと思ったんだけど……」


 そう言って首を傾げた。


「とすると、どこに行ったんだろう?」

「さあ。どっかの道ばたで拾い食いしてんじゃねぇか?」

「……」


 道草を食っていると言いたいのか。それとも悪口が言いたいだけか。

 リオンの悪態はさておき、マギカならば一人でも大丈夫だろう。

 彼女には、それだけの実力がある。


「っと、そういえば」


 ふと、アルトは戦いの序盤に気付いた変化を思い出した。

 上級魔術を放った際、やけに体が軽くなったように感じたのだ。


 その変化は、かなり明確だった。


「レベルアップでもしたのかな?」


 そう思いつつ、アルトはスキルボードを取り出した。



【名前】アルト 【Lv】78 【存在力】☆→☆☆

【職業】作業員→工作員 【天賦】創造    【Pt】1→2

【筋力】624→1248(+500) 【体力】437→874

【敏捷】312→624       【魔力】2496→4992(+100)

【精神力】2184→4368(+50) 【知力】1120→2240


【天賦スキル】

・格差耐性 NEW



「えっ――!?」


 スキルボードを見て、アルトは頭が真っ白になった。


「……」


 何度見直しても、スキルボードの表示は変わらない。

 間違いない。


 本来上昇するはずのない存在力と、変わるはずのない職業の項目が変わっていた。


(格差耐性なんていうものもあるし)

(きっかけは、ガミジンとの戦闘か)


 ガミジンとの戦いで、アルトは初め存在力の差によって動きを奪われた。

 だが、ガミジンに殴られるうちに、魔法のほころびを発見した。

 それを丁寧に紐解いて、魔法の束縛を脱出した。


(もしかして僕の天賦が、現状を打破する力を与えてくれたのか?)


 アルトの天賦は創造だ。

 この創造こそが、本来存在しないスキルを生み出し、存在力を上昇させたのだ。


(☆がたった一つ上がるだけで、こんなにステータスが伸びるのか……)


 現在のステータスを眺めながら、アルトは☆1だった頃の自分が、如何にハンデを背負って戦っていたかを知る。


(っていうことは、ガミジンとは、☆2で戦ったったのか……)


 ☆2になっても、アルトの勝利は紙一重だった。


 ――もし☆1のままだったら。


 そう考えると、ぞっとする。


 その時だった。

 アルトの《気配察知》が奇妙な存在を捉えた。

 同時にアルトの背筋が粟立った。


「……まずい」

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