第104話 新手登場
「ん? どうした?」
この感覚に、アルトは覚えがあった。
それは前世で、アルトが唯一完膚なきまでに敗北した相手。
「シトリー・ジャスティス……」
アルトが呟いたのと同時に、一人の女性が屋根の上からふわりと地上に降り立った。
内側に巻いた金髪に、黄金の装飾が施された白銀の鎧。腰にはその鎧に負けない宝飾がごてごて着いた細剣が据えられている。
シトリーが一歩、前に出る。
その動きの隙の無さに、アルトの警戒が一気に上昇した。
(初めから、やる気満々って感じだな……)
アルトが警戒する中、無警戒のリオンが口を開いた。
「あれ? このまな板、前にどっかで見た覚えが……」
「――ッ! お、お久しぶりですわね。わたくしはシトリー・ジャスティス。ユーフォニア12将、断罪官の1人ですわ」
「まな板がシャベッタァァァ!」
「殺スッ!!」
いきり立ったシトリーがリオンに斬りかかった。
(もっとしっかりした人だと思ってたんだけど)
(なんでだろう、リオンと同じ残念臭がする……)
沸点の低さとは裏腹に、彼女の剣筋は流麗だった。
目で捉えているのに、捉えきれない。
捉えようとすると、途端にその姿を見失う。
フェイントが非常に巧みなのだ。
リオンがシトリーの攻撃を受け流そうとする。
しかし、
「な、えっ?」
シトリーの攻撃は全て、リオンのガードをすり抜けた。
この結果に、リオンはかなり驚いたはずだ。
彼だって、かなりレベルアップしている。
シトリーの細剣が目で捉えられなかったわけではないはずだ。
なのに、細剣を止められなかった。
気がつくと、シトリーの細剣がリオンの首筋に突きつけられていた。
「栄養がすべて筋肉に行った馬鹿で粗野な平民。身の程を弁えなさい」
…………どうやらシトリーは、平らな胸をかなり気にしているようだ。
(これは、水と油だなぁ)
二人の性質に苦笑しつつ、アルトは現状を打開すべく頭を働かせる。
「……さて本題ですが、そこの少年。断罪官としてあなたを悪と認定し、断罪します」
突然の言葉に、アルトの頭は真っ白になった。
(前世とまるで同じだ)
(でも、どうして……)
前世でシトリーがアルトの前に姿を現したのは、今から二十年後のことだ。
二十年後、アルトはフォルテミス教に悪と認定され、国を追われた。
国を追われるきっかけになったのが、シトリーとの戦闘だった。
その当時も、悪に認定された理由に心当たりが一切なかった。
「悪って何だよ? まさかこの街を破壊したことか? だったらそこに倒れてるガンジミのせいで、俺たちはなにも関係ないからな?」
反応できないアルトに変わり、リオンが挑発的に鼻を鳴らした。
「ガンジミではなくガミジンですわ」
「どっちでもいいだろ」
「よくありません! この街を破壊したことについては、いずれガミジンに沙汰が下るでしょう。それはわたくしの仕事ではありません。わたくしが断罪しているのは、神に悪と判断された罪人のみですのよ」
「そんな、悪いことは一つも……」
そこで、アルトははたと気がついた。
(シトリーはなんと言った?)
『神に悪と判断された罪人』
(人間が判断する悪じゃなくて)
(神が判断した悪)
(つまり――)
神の指示を受けて行動していたガミジンを止めたのは、神の意向に反する。
だから、神はアルトを悪と判断したのだ。
「故に、わたくしは悪を滅ぼすためにこの剣を振るうのです」
「失礼な。俺の師匠は悪い人じゃない! ちょっと変態がすぎるだけだ!!」
「あなたが一番失礼ですからね!?」
フォローしてるつもりなのかもしれないが、ただの罵倒である。
「それに何だよその言いぐさは。断罪官のくせに、勇者ぶるんじゃねぇよ! 悪を断罪するのは、この俺の役割だ!!」
「はいはい。変なところで対立しないの」
アルトはリオンの首を引っ張って、シトリーから遠ざける。
「モブ男さん。ああ見えて、シトリーさんはユーフォニア12将です。あまり〈挑発〉で煽らないでください」
「あんなんで、どうして12将なんだよ」
「その評価方法は知りませんけど、あれでも12将には違いありませんから。どうか穏便に――」
「聞こえてますわよ!?」
シトリーが目をつり上げる。
どうやら丸聞こえだったようだ。
「あれでもってなんですの!? わたくしは立派ですのよ!!」
「……ぷっ! くすくす。どこがだよ」
「キィィィィ!!」
胸を見つめて鼻を鳴らしたリオンの態度で、シトリーが地団駄を踏んだ。
(……なんで僕、こんな人に負けたんだろう?)
「なあ師匠。この女、放り投げて帰ろうぜ?」
「それが出来ればいいんですけどねぇ」
「できるだろ」
そこまで強くないだろ、とリオンが目で訴える。
その判断は、あながち間違いではない。
ユーフォニア12将に選ばれているシトリーは、肩書き通りの強さを保持している。
ただ、ガミジンと比べると、かなり見劣りするのは事実だ。
彼女の剣術だけは、ステータスを補って余り在るが……。
しかし、アルトは前世で彼女に負けた。
これは、紛れもない事実だ。
「彼女が持つ宝具が特殊なんですよ」
「宝具? あの細剣が?」
「それは、わかりません。ただ、こちらが攻撃すると宝具が呪いを発動するんです」
実に忌々しい宝具だ。
前世で鑑定を行った結果を見て、アルトは勝利を諦め、敗走を決めた。
それほどの一品である。
「≪我が信じる絶対の正義(トラステスト・ジヤスティス)≫。呪いを発動できる代わりに、自分より弱い相手を攻撃できなくなります」
もしシトリーよりも強い敵が彼女を攻撃した場合、1撃毎に呪いが付与される。
アルトが攻撃したときは、1撃毎にスキルが封印された。
「じゃあ宝具を奪えば勝てるんじゃねぇか?」
「空洞頭はお黙りなさい」
「誰が空洞頭だよ!!」
「あらぁ? 誰とは言ってませんわよ? にも拘わらず反応するあたり、自分が空洞頭だと理解していますのね? 可哀想ですわ」
「ムキぃぃぃぃ!! なあ師匠、あいつ、殺していい!?」
「やめなさいって……」
目の前に12将が居るというのに、まるで緊迫感がない。
完全にゆるゆるである。
「モブ男さん。彼女にどんな攻撃を仕掛けても呪いを受けますから、気をつけてください」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます