第102話 決戦6

 アルトが生きていたのは、単に生き延びるために手段を選ばなかったからだ。


 現状、基礎ステータスはガミジンよりもアルトに軍配が上がる。

 だがしかし熟練度は、ガミジンの方が上手だ。


 ステータスがいくら高かろうと、熟練度が低ければ力を十全に発揮出来ない。

 出会った頃の以前のリオンのように。


 ガミジンならば、時間をかければアルトの動きに対処出来るようになったはずだ。

 戦闘が長引けば長引くほど、アルトが不利になるはずだった。


 しかし、アルトは逆転を許さない。


 ガミジンにとって、これは突発戦だ。

 逆にアルトは、この戦闘のために10年の歳月を費やしている。


 あらゆる局面、あらゆる状況に対応するために、アルトはいくつもの《工作》スキルを、王都中に仕掛けていた。


 とはいえ、《工作》は自分より強い相手に通用しない。

 王都に仕掛けた《工作》は、ガミジンへの攻撃用ではない。

 全て、ガミジンからの攻撃を躱すためのものだった。


 その判断のおかげで、殲滅型の宝具を食らっても、アルトは生き延びることが出来た。


 あの宝具を食らったら、アルトの魔術抵抗力を持ってしてもただでは済まなかっただろう。

 掠れば最低でも手足が吹き飛び、直撃すれば塵も残らない。

 それほどの威力だった。


 そんな宝具を、アルトは近くの〈グレイブ〉に落ちてやり過ごした。

 穴の中で、アルトは〈グレイブ〉が宝具に破壊されないかとヒヤヒヤした。

 しかし宝具は、〈グレイブ〉を破壊しなかった。


 おそらくそれは、ガミジンの魔力が万全でなかったためだ。

 アルトが〈風壁〉でガミジンの足止めをしたときだ。

 何故か彼は、〈風壁〉を自らの魔術で破らなかった。


 強引に抜け出ようと思えば、抜けられる実力があるにも拘らず、だ。


 そのことから、アルトは『ガミジンの魔力総量は少ないんじゃないか?』と予想した。


 そこからアルトは、ガミジンに魔力を浪費させるべく動いた。

 マギカが使っていた、殺気を籠めたフェイントを多用し、魔術を何度も無駄使いさせた。


 そのおかげで、ガミジンは100%の状態で宝具を発動できず、〈グレイブ〉が破られることもなかった。


 もちろんそれはガミジンの宝具を見据えた行動ではなく、マナ切れを狙ったものだったのだが……。


 いずれにしろ、チャンスが到来した。

 一生分は待った、絶好のタイミングだ。


 四肢に力を入れ、アルトは〈縮地〉を発動。

 一瞬にしてガミジンの懐に入り込む。

 だが、


「くひっ!」


 また、寸前で杖に阻まれた。


 今度は〈重魔術〉を用いて動きを阻害する。

 しかし、この短時間で抵抗力が上がったようで、先ほどとは違って地面に倒れない。


「くひっ……。くぐぐぬぬぬ!」


 奇妙なうめき声を上げながら、ガミジンがローブのポケットから飲み薬を取り出した。


「チッ! 魔力回復薬か」


 判断すると同時に再び〈縮地〉。

 即、斬撃。

 しかし、これも防がれた。


 ガミジンは意識して防御しているわけではない。

 彼の防御は、反射行動だ。

 それも、積み重ねた戦闘経験に裏付けされた反射である。


 下手に手数を重ねれば、彼はその都度対応するだろう。

 一度でも対応されると、もう二度と同じ手は食らわなくなる。


「厄介な……」


 アルトは一切気を緩めずに立ち向かう。

 注意深く、どこまでも注意深く、アルトはガミジンを追い詰めていく。


 アルトが速度を上げれば上げるほど、体のどこかが悲鳴を上げた。

 動きの負荷が強すぎて、自分の力で自分が壊れていく。


(けど、構わない)

(このまま塵になっても良い)

(魂だって消えても構わない)

(たったそれだけでハンナが救えるのなら!)


(だからすべてを擲ってでも)

(この男を止めてみせる!!)


 青かったガミジンの素肌が白に戻っている。

 魔力が回復しつつあるようだが、まだ防戦一方だ。

 彼の紙一重のガードを、アルトは未だにこじ開けられない。


(あと少し)

(もう少しだ!)


 アルトが間を開けると同時に、ガミジンが杖を構えた。


 最低限溜まった魔力で再び宝具を撃とうというのか。

 彼の宝具が発動する直前、アルトは全力で〈縮地〉を発動。


 反応したガミジンが、勝ち誇るような表情を浮かべて杖を振り下ろした。


 だが、


「はっ!?」


 杖の先に、アルトはいなかった。


 いままで何故アルトが、馬鹿の一つ覚えのようにまっすぐ懐に潜り込んでいたのか。

 その答えが、ようやく理解できただろう。


 アルトは、ガミジンの真後ろにいた。


 絶対に死なないラインで、絶対に反撃を受けないラインで、アルトが静かにガミジンの死の線を掴んだ。

 だがガミジンも負けじと競った。


「し、≪沈みゆく太陽の(ディ・ゾンヌ)――」

「吹き飛べ!!」

「――慟哭ブゲラボガッ!!」


 宝具が発動する直前に、アルトは短剣でガミジンの後頭部を殴りつけた。


 ガミジンが前方に吹き飛び、顔面から地面に落下。

 それでも勢いが止まらずに、石壁に激突して沈黙した。


 遅れて発動した宝具が地面に放出された。

 哀れガミジンは、宝具の反動で直上に舞い上がった。


 4階ほどの高さまで離陸したところで魔力が底をついて反転。

 受け身が取れない体勢のまま、再び顔面から落下した。

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