第101話 決戦5
冷静になって辺りを見回すと、襲いかかって来るものと思っていたアルトが、いつの間にか元の位置まで戻っていた。
「~~~~ッ!!」
ガミジンの頭に、カッと血が上った。
(またやられた!!)
怒りにまかせて、魔術を解除する。
同時に、少年が動いた。
(なんて奴だ!)
マナの吸収を諦め、ガミジンは咄嗟に杖を構えた。
それとほぼ同時に短剣が杖に直撃した。
今度は踏ん張らず、わざと足を滑らせる。
体勢が崩れるのを嫌ったのだ。
やはり、少年は早い。
レベル50を超えるガミジンですら、まったく動きが捉えられない。
(一体、どうなってるんですかねぇ)
ユーフォニア12将である自分が、手玉に取られている。
その恥辱に顔が歪む。
そもそも一番初めに杖で殴った時から、あの少年はおかしかった。
いくら非力な魔術士だろうと、レベルが50を超えれば一般人の頭など片手で潰せるほどの筋力となる。
にも拘わらず、ガミジンが全力で殴りつけても、些細なダメージしか与えられなかった。
また、戦い方も老練だ。
直線に備えれば円になり、円に備えればすかさず直線になる。そんな、ガミジンの呼吸を見抜いた上での立ち回りが、15歳そこそこの子どもとはまるで思えない。
姿さえ見なければ、老獪な騎士団長の手ほどきを受けている気分である。
(あの時に、もっと警戒しておくきでしたねぇ)
ガミジンは舌打ちをした。
いまさら警戒したところで、現状を打開する術が見付からない。
少年の短剣を受ける。
攻撃を受け流し、体勢を立て直す。
殺気を感じ、魔術を展開する。
しかし魔術はあっさり不発に終わる。
見せかけかと思った頃合いに、今度は本当に追撃してくる。
殺気(フェイント)の使い方が非常に巧い。
かなり厄介な相手だ。
初めはガミジン側が優勢だった。
にも拘らず、突如力関係が逆転した。
明らかに変化したのは、少年が『これじゃあ無理か』と呟いてからだ。
そこから、ガミジンは少年の動きを捉えられなくなった。
「――まさかッ!?」
その原因に気付いたとき、ガミジンの体が震えた。
「アナタ、〈重魔術〉を自分にかけていたんですね!?」
ガミジンは、王国随一の魔術士だ。
その実力は自他共に認めるもので、決して虚像などではない。
そのガミジンと戦おうという人物が、まさかハンデを付けていたとは思いも寄らなかった。
「舐めた真似をッ!!」
ガミジンは額に青筋を浮かべ、傷一つない杖を前に掲げた。
「僕の短剣でも傷つかなかったということは、その杖、宝具ですか」
「今更気づいても遅いですよ」
相手は農民。☆4のガミジンが手を下すには余りに貧しく卑しい出自だ。
――いや、直接手を出すなどあってはいけない程、格下の相手である。
しかし肩書き、立場、品位、体面。
そんなものは、どうだってよかった。
とにかく目の前の羽虫を、この世から全力で消し去りたかった。
ガミジンは全力で術式を編む。
その魔力が籠められる杖は、死者の王(リツチー)の骨を素材とし、オリハルコンをふんだんに用いて作り上げた人工宝具――〝沈みゆく太陽の慟哭〟
杖はガミジンの意識に直接繋がり、怒りと恥辱を汲み取っていく。
注がれた魔力、そして怒りと恥辱によって、杖から黒々としたオーラが立ち昇る。
この宝具を発動すれば、王都に甚大な被害を与えてしまう。
善良な市民を何人も殺し、ユーフォニア12将の立場も失うだろう。
しかし、未来のことなどどうでもよかった。
ガミジンの行く手を阻み、あまつさえユーフォニア最強と謳われる魔術士を愚弄した少年は、灰の粉ひと掴みさえこの世に残してはならないのだ。
「懺悔は赦さん。塵も残さん。其に絶対の力を、絶対の死を。
慈悲無き焦滅を其に示せ!!
――≪沈みゆく太陽の慟哭(ディ・ゾンヌ・ガミジン)≫!!」
宝具が発動。
転瞬――。
前方の少年と、その後方に位置する王都の街並みが、一瞬にして消え去った。
遅れて、轟音。
地響き。
残響。
大量の魔力を破壊力に変換し、一斉に放出する。
その威力たるや、小さな町など一撃で消滅させられる程だ。
しかしその反動は、あまりに大きい。
たった一度の発動で、王都随一を誇るガミジンの魔力が、ことごとく枯渇した。
マナが枯渇したことで、目眩と吐き気、そして激しい倦怠感が襲ってきた。
杖に体を預けながら、ガミジンはゆっくりと深呼吸を繰返す。
動けるようになるためには、最低でも4分の1は魔力を回復させなければいけない。
その上で、公爵家の人間を殲滅しなければならないと来た。
(参りましたねえ……)
諜報院から、あそこにはなかなかの使い手がいると聞いている。
万全を期すためには、魔力を半分は回復させたい。
「時間も、かなり押してしまいましたねぇ」
本来なら、既に標的を殺している予定だ。
明日朝からの予定もある。
休んでいる暇はない。
ガミジンは努めて魔力を回復させつつ、公爵家に向かおうとした。
そのとき、ガミジンの足が自然と止まった。
宝具により消滅した街の1画から土煙が立ち上がっている。
その中から、ゆっくりとした足取りでこちらに向かってくる少年がいた。
「なんで…………生きてるんですか!?」
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