第100話 決戦4
「くっ――!」
突如、アルトの真横から魔術が放たれた。
痛みは少ない。
しかし衝撃はかなり強い。
衝撃に耐えようとすると、耳朶に肋骨が折れる音が聞こえた。
その痛みで踏ん張りが効かず、再びアルトは石壁に激突した。
こめかみを生暖かいものが伝い落ちる。
頭に裂傷が入ったようだ。
「……はぁ。もう諦めてもらえませんかねぇ。アナタを見てても、一切面白くないんですよぉ。怖がらないし、怯えないし、苦痛に顔を歪ませない。魔法は魔法らしく、人間らしさを出してくださいぃ。それが、私に対峙する最低条件ですよぉ?」
「やっぱり、これじゃあ無理か」
アルトがぼそっと呟いた。
その呟きに、ガミジンが満足げに頷いた。
「そうそう。農民は弱いんですから、ゴブリンだけ相手にすればいいんですぅ」
そう言って、ガミジンが立ち去ろうとする。
アルトは諦めたわけではない。
だが、観念はした。
目を瞑り、集中力を高め、そして瞼を開く。
無明を棄てろ。
慢心を取り除け。
いかなる束縛をも超越せよ。
集中力が高まり、視野が狭窄し、周りの音が遠ざかる。
1秒が永遠に引き延ばされて、世界は色を失った。
「――ッ!」
全力で踏み込んだ瞬間にはもう、アルトはガミジンの懐に入り込んでいた。
「バッ――!!」
――馬鹿な!?
突然の変化に、ガミジンは己の目を疑った。
先ほどとは敏捷力があまりに違い過ぎる。
(先ほどまでは、本気を出していなかったのか?)
いや、先ほどの筋肉や体の動きはしっかり目視している。
研究者のガミジンが、能力の限界の兆候を見誤るはずがない。
だが実際はどうだ?
少年は先ほどと同じように体を動かしているのに、速度はまったく別次元だ。
少年の短剣が、ガミジンの喉元に迫る。
「――く、くわッ!!」
咄嗟に、ガミジンは自ら〈空気砲(エアバズーカー)〉を当て、体を横にズラした。
短剣が、喉元の危ういところを通り抜けた。
先ほどはぎりぎり間に合った回避が、今回はまったく間に合わない。
少年が、ガミジンの敏捷力を完全に凌駕しているのだ。
目で追えない。
感覚でも捉えられない。
魔術で反撃を狙う隙が、ない。
「……一体、何故」
その答えは、突然現れた。
ガミジンの体が、急激に重くなった。
その突然の変化に耐えられず、ガミジンは地面に倒れ込んだ。
石畳に当たった肋骨から鈍い音が響く。
圧縮された肺が、空気を押し出す。
(じゅ、〈重魔術〉か!?)
その衝撃にガミジンは震えた。
ガミジンはフォルテルニアにおいて、名実共に最強の魔術師だ。
そんなガミジンですら、神代戦争時に遺失した〈重魔術〉を復刻させられずにいる。
(私が扱えない魔術を、このガキが!!)
嫉妬と同時に激しい怒りが燃え上がる。
これからガミジンは、カーネル家を滅ぼさなければいけない。
そのために魔力に余裕を持たせてきたが、その予定は変更だ。
「魔力噴射(マナバースト)」
〈重魔術〉への対抗措置として、純粋なマナを噴射した。
陶器が割れるような甲高い音とともに、体から重みが消えた。
魔術はマナを編み込んで発動する。
その編み目が美しければ美しいほど、上位の魔術になる。
しかし美しい魔術は、ガラスと同じだ。
僅かに編み目が狂っただけで、効果が消失してしまう。
つまりマナをぶつけて編み目を狂わせれば、絶対に『魔術破壊』が行える。
反面、魔術破壊は、魔術で魔術を打ち消す『魔術相殺』よりも、マナの消費量が格段に多くなる。
〈重魔術〉が消えると、ガミジンはすぐに立ち上がった。
こちらの体勢が整う前に、少年が動いた。
マナを大量に消費した直後のため、ガミジンは〈風魔術〉の発動に手間取る。
慌てて動かした足がもつれた。
少年から、距離が空けられない。
(まずい、避けられない!)
(――死っ)
慌ててガミジンは、手にした杖を前に掲げた。
その杖に運良く短剣が接触。
しかし、衝撃がガミジンを吹き飛ばす。
(一体、この少年のどこにこんな力が!?)
吹き飛ばされるなか、ガミジンはあらゆる状況を想定した。
想定した上で、いくつかの魔術を発動する。
(きっと彼は追撃をかけてくる)
(その斜線上に魔術を設置すれば――)
ガミジンが地面に落下。
即座に魔術を発動し、予測地点にばらまいた。
だが、予想に反して、少年は先ほどの位置から一歩も動いていなかった。
「――ッチ!!」
(小賢しい奴め)
(このまま突っ込んで来れば良かったものを!)
(無駄にマナを消費したではないか!!)
ガミジンは魔術を消し、そのマナを体に取り込んでいく。
――マナ吸収。
これはユーフォニアにおいて、ガミジンしか行使出来ない技術だ。
とはいえ、完璧にマナを吸収出来る技術ではない。
大凡、発動時の4割程戻れば良い方だった。
マナの回復を待たず、少年が再び飛び込んできた。
少年が〈熱魔術〉を放つ。
ガミジンはそれを悠々と魔術で突き破る。
「――んん?」
魔術の先に、少年の姿がなかった。
うっすら殺気を感じ、慌ててガミジンは己の周りに炎の壁を展開。
内側に黒炎球を浮かべる。
しかし、
1秒、2秒……。
しばらく待っても、少年は襲いかかって来なかった。
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