第99話 決戦3
寸前、幸いか災いか。
回避しようとしたガミジンの足が、脆くなった石畳を踏み抜いた。
バランスを崩したガミジンが倒れ込み、アルトの一撃が空を切った。
次の瞬間、黒炎球が背後からアルトに襲いかかった。
「――――――ッ!!」
激しい衝撃と熱の魔力に、アルトの視界が歪む。アルトが空中をきりもみしながら、石造りの建物に激突した。
「…………神よ感謝します。私に感謝されても嬉しくないでしょうけどねぇ。くひゃッ」
石畳から足を抜いて、ガミジンは喉を鳴らした。
やはり、生理的にまったく受け付けない笑いだ。
燃えるマントを引きちぎりながら、アルトは立ち上がる。
ガミジンの魔術はとんでもない威力があった。
もしアルトが、〈熱魔術〉の抵抗を上げる魔道具を装備していなければ、意識が刈り取られていたかもしれない。
「ふむぅ。立ち上がりますかぁ。それにしてもぉ。先ほど私の魔術を曲げたあれは、なんだったんですかぁ?」
「……」
「アナタの魔術、ですよねぇ?」
アルトは答えない。
〈ハック〉は、自分の切り札の一つだ。答えるつもりは毛頭ない。
(それにしても、あの程度で魔術だって気付くのか……)
ガミジンの言葉に、アルトの背筋が冷たくなる。
先ほど、彼の魔術を曲げた〈ハック〉は、数ヶ月前から設置していたものだ。
〈グレイブ〉や〈ハック〉は、発動時に若干マナが漏れる。
ガミジン程の魔術士ならば、僅かなマナも察知して対処するかもしれない。そう思い、前もって仕掛けていたのだ。
おかげで工作の設置数が減り、ドラゴン戦では苦労したのだが……。
さておき、ガミジンに工作の設置場所は割れていない。
だが発動時に発する極僅かなマナは感じられたようだ。
(最初から工作を仕掛けておいてよかった……)
「答えませんかあ。まあ、良いでしょう。この際ですから、すこぉしだけ実験の対象になって頂こうと思ったんですけどねぇ。あなた、なにも〝感じない〟んですよねぇ。まったく、面白くありません」
「それはどうも」
「フォルテミス様は何故このような障害を差し向けたのでしょうかねぇ。一刻も早く英雄ノ卵を処分せよとのご命令だったはずなんですが……」
「英雄ノ……卵」
その単語を耳にして、アルトは目を見開いた。
『英雄ノ卵』とは、先日ハンナのステータスに出現した天賦である。
「おやぁ? やけに良い反応を示しましたねぇ。もしかしてアナタ、ネイシスの手先なんですかぁ?」
「英雄ノ卵って、なんですか?」
アルトは前方に〈風壁(ウインドウォール)〉を張り出して、ガミジンに圧を掛ける。
当然ながら、ガミジン程の魔術士ならば、造作も無く打ち砕ける魔術だ。なんの障害にもならない。
だが、彼はその壁を煩わしそうに眺めて舌打ちをした。
(……あ、あれ?)
「天賦『英雄』を持つ者が存在するだけで、世界の平和が乱されますぅ。その英雄になる前の状態が、天賦『英雄ノ卵』なんですよぉ。そんなことも知らないんですかぁ?」
「つまり、『英雄ノ卵』が『英雄』に変化する前に、争乱の芽を積もうとしているんですね」
「その通りぃ。農民の割には察しが良くて助かりますねぇ」
「処分せよと命令したのは、フォルテミス神ですか?」
「ええ。フォルテミス神が、そう神託を出されましたぁ」
「その神託が間違いの可能性は?」
「神理をわきまえない質問は私好みですが、この世界は、フォルテミス様がお作りになられたのです。あらゆる邪神を、人間とともに討ち滅ぼされたフォルテミス様が、何故神託で嘘をつくとお思いにぃ?
ああ、もちろん疑う姿勢は立派ですよぉ? ですがねぇ、フォルテミス様にどんな利益があるのかを考えれば、そのような程度の低い嘘はつかないと思いませんかぁ?
ああ、思わない? そうですよねぇ、農民は学がありませんから、そんなことにも気づけませんよねぇ」
やれやれ、とガミジンが肩をすくめる。
言い方は嫌らしいが、言い分はもっともだ。
神託で嘘を吐いても、利益になりそうなことが一つもない。
フォルテミスが信者に一言「あいつ危ないから殺して」と言えば、信者は喜んでそいつを殺すだろう。
嘘を吐く必要など、一つもないのだ。
しかし――、
「英雄が生まれたら、本当に争乱が起るんですか?」
「歴史的事実ですよぉ」
「逆じゃなく?」
「はいぃ?」
「英雄が生まれたから争乱が起るのではなくて、争乱が起るから英雄が生まれるのでは?」
「確証は?」
「ありませんけど……」
「うんうん。批判は妥当。しかし根拠は薄弱。さて、そろそろお暇しますねぇ。我が神にそっぽ向かれては、実験できなくなりますからぁ」
アルトの疑問は尽きない。
だが、時間が解決を許さない。
いまは疑問を解決する場面ですらない。
アルトの体力が回復するのと同様に、ガミジンも魔力が回復したようだ。
彼は魔力を放出し、アルトの〈風壁〉を突き破った。
すかさずアルトは〈縮地〉。
素早くガミジンの懐に入り込み、短剣を突きつける。
だが、
「遅いですよ」
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