二章 勇者からは逃げられない!

第37話 出会いたくないアイツとの再会

「俺とパーティを組もうぜ!」


 赤い髪をかき上げながらそう宣ったのは、不正を働いた元ギルド職員のリオンだ。

 断られるとは考えてもいないようで、自信に満ちあふれた表情を浮かべている。


 アルトは一度ため息を吐き、口を開いた。


「申し訳ありませんけれど、僕は一人でも――」

「そういえばちゃんこいのが居ないな。あの栗鼠族は帰ったのか?」

「いえ……ちゃんと彼女は隣の部屋を取ってますよ。いま居るかはわかりませんけど」


 不意にリオンがニタァと嗤った。


「振られたな」

「あのですねぇ――」

「いいんだ。もう胸の傷を抉らなくてもいい。今日から俺がおまえの仲間だからな!」


(こいつ……)


 まったく人の話を聞こうとしない。

 アルトの握った拳がわなわなと震えだした。


 馬鹿な相手に怒ること程馬鹿らしいものはない。

 アルトはゆっくり息を吐き出して、冷静さを取り戻す。


「…………それで? ギルド職員を首になったモブ男さんが、どうして冒険者になるんですか」

「モブ男じゃなくてリオンだよ! それは俺が勇者だからに決まって――」

「お金を稼ぎたいんですよね、わかります」

「うぐ……な、何のことかなぁ、わからないなぁ」


 リオンが冷や汗を垂らしながら目を背けた。

 アルトは単刀直入に切り込む。


「僕らを見て、『あれ? 冒険者って意外と稼げるんだな?』って思った失業中のモブ男さんは、一発大穴を当てるために冒険者になったと」

「ぎくぎくぅ!」


 大きな胸を押さえて仰け反るリオン。


「で? 勇者ってなんですか? 自称ですか?」

「違ぇよ! 俺の職業が勇者なんだよ」

「うわぁ……」


 アルトはつい呆れ声を上げてしまった。


「なんだよその反応は。あ、まさか俺の職業が羨ましいのか? へへへ」

「いえ。全然。これっぽっちも」

「なんでだよ!?」

「だってそれ、まったく使えない職業じゃないですか」

「はっ? 勇者だぞ? すげぇだろ!」

「じゃあ具体的に、なにが凄いんですか?」

「たとえば道ばたで座ってたら小銭を恵んでくれたり、仲間を募集してたらお店の人がこのプレートを作ってくれて居場所も提供してくれたり、悪いことしたのにギルドを首になるだけで済んだり――」

「もういいです。もう、いいですよ……」


 アルトの目に涙が浮かんだ。

 それ以上は、胸が痛くなる。


「これが勇者の力だ!」


 そんな勇者がいるか!

 うっかり叫びそうになるのをぐっと堪える。


(まず、あれだ)

(この人、すごく残念な人だ)

(どこが、とは言わないけど……)


 道ばたで座ってたら小銭って物乞いかと思われたんだろうし、プレートを作って居場所を提供されたのは、こんな調子で売り込みされたら他の客に迷惑になるからだろうし、ギルドが彼をムショに送らなかったのは、事なかれ主義が原因だ。


 決して彼が、勇者だったからではない。


「まず、あなたは勇者をどういう存在だとお思いですか?」

「ロトとニケと、あとガオガイガー」

「……誰?」


 聞き覚えの無い名前だ。

 アルトは首を捻る。


「俺が知ってる勇者の話だよ」

「すみません、耳にしたことがない名前です」

「有名なんだけどなあ。まあ、こっちの世界じゃ通じねぇか」


 聞こえるかどうかの声量で、リオンがブツブツ漏らした。


「いいですかモブ男さん」

「モブ男じゃねぇよ!」


 職業『勇者』については、前世で既に調べていた。

 リオンの抗弁を無視し、アルトは語る。


「勇者というのは、魔王と対になる職業です。職業『魔王』を持つ人に、通常以上のダメージを与えることができます。勇者の職を持つ人がかなり少ないので、幸運の職業とも呼ばれていますね」


・第一聖典の精霊の影響を受けるため、光属性の適正が僅かに上昇する。

・しかしその力の悪用、あるいは【忌み】を避けるために、ステータスへの加護はない。


 アルトが調べた本には上記のように書かれていた。

 だが、さっぱり内容が理解出来ない。


 おそらく、(職業が鑑定出来るスキルで鑑定した結果、上記のような文言が出て来たのだろう)鑑定した本人でさえ、内容までは理解できなかったはずだ。


「やっぱり、すげぇ職業じゃねぇか!」

「いえ、勇者のギフトは魔王特攻があって、ちょっと光属性の加護を得るだけですね」

「強いんだろ?」

「普通です」

「マジポン?」

「はい」


「…………ははーん、さては嘘を吐いて俺を落胆させようって魂胆だな? そうは問屋が卸さないぜ!」

「あなたに嘘をついて、僕にどんな利益があるっていうんですか」

「ええと…………」


 モブ男は焦点が合わない目つきで口をパクパクさせた。


(可哀想に)


 勇ましき者――勇者という言葉だけを見れば、たしかに強そうに感じられる。

 しかし、一体なにを持って勇ましき者というのか。


 自分より強い魔物に向かう冒険者は、みな勇者(いさましきもの)である。


 また、女性の風呂を覗く男性も、勇者と言えば勇者だ。

 この場合、勇者という言葉が一気にへなちょこになってしまうが……。


 勇者が『なにをすべき職業なのか』が定義出来ない以上、良いも悪いも判断出来ない。


(さすがに直接的すぎたかな?)


 アルトが振えるリオンの様子をうかがっていると、


「なんて素晴らしいんだ!!」

「へ?」

「勇者と言えば――そう! 成り上がりだろ? あー、俺はなんでそこに気づかなかったんだ! 初めはスライムにボコられて何度も死んでしまう情けない勇者……。けれどレベルを上げるに従って、数々の魔物を倒し、いつか魔王を討伐する王道のストーリー!!」


 危険な薬物でも摂取したみたいに、リオンのテンションが上がっている。


(これは……なんというか、ええと……)


 予想とは全く違う反応だ。

 よくポジティブに振り切れるものだ。

 アルトが半ば呆れていると、リオンが部屋に無造作に置かれている武器に目を留めた。


「おお? 武器がこんなに沢山……。この長剣、勇者が持つにふさわしい見栄えじゃないか! 俺にぴったりだ!!」


 勝手に長剣を手に取って、部屋の中でぶんぶんと振り回す。


「あのぅ、危ないんで辞めて頂けませんかね?」


 アルトが口にしたまさにその時だった。

 上段から振りかぶった剣が、床すれすれでピタリと止まる。

 その剣身が、バキリと折れた。


「へ?」

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