第38話 どこかおかしい男の子
「…………モブ男さんにぴったりですね」
「モブ男じゃないっての! ってか、なんで折れたんだ!? 俺は悪くないぞ!?」
「いえ、どう考えてもあなたが悪いでしょ……」
責任逃れをしつつも目に涙を浮かべているリオンに、さすがのアルトも僅かながら罪悪感を覚える。
悪いのは圧倒的にリオンだ。
しかし、剣にも問題がないわけではない。
「その剣、スキル訓練のために作った粗悪品なので、簡単に壊れるんですよ」
「そうなのか。けどこれ、魔剣だろ?」
「……武具鑑定のスキルでも持っているんですか?」
「いや、見れば分かるだろ。普通の剣と魔剣の違いくらい」
「へぇ」
アルトは感心した。
スキルを使わずに魔剣が判別出来るのはなかなかの観察眼だ。
さすがは、冒険者ギルドの買取りカウンターで働いていただけはある。
「魔剣風に作ってますが、魔剣じゃありませんよ。ただ剣を作って、剣身に刻印を描いただけです。作った剣が破損する手前まで通り道を掘削しているので、簡単に折れてしまうんですよ」
アルトは《工作》スキルを上げるため、迷宮産の鉱石を用いて武器を作っていた。
鉄をただ形成するだけでは、強い武器にならない。
なので剣身に、マナの通り道を開けている。
この通り道が、刻印と呼ばれている。
刻印が成功すれば、握るだけで体からマナを微少に吸い上げ、各種効果を発揮する。
切れ味が上がったり、耐久性が上がったり、ステータスが上昇するなど、刻印には様々な効果がある。
しかし、刻印の難易度は非常に高い。
現在のアルトですら、1割も成功しない。
刻印が失敗した場合、武器が簡単に壊れてしまう。
これが高価な武器であれば目も当てられない。
だが、自分で製作した武具ならば、壊れても問題がない。
いくらでも《工作》の熟練上げが出来る。
「ふぅん。よくこんなものが作れるな。魔道具製作って、難しいんだろ?」
「まあ、そうですね」
厳密には魔道具製作とは違う。
だがアルトはリオンの言葉を訂正しなかった。
《工作》は、アルトにとっての切り札だ。
そうやすやすと、他人に教えることはない。
「もしかしてここにある武器全部、魔剣なのか?」
「そうですね」
アルトが製作した武器は100本以上。
うち、刻印の過程で失われたのが90本程度なので、リオンが壊したものを除いてもまだ10本前後は残っている。
使えばすぐに破壊される産廃(ゴミ)だというのに、リオンはその山を見て目を輝かせた。
「魔剣を持つのが夢だったんだよ。魔剣ってコネがないと購入すら出来ないし、買おうと思っても、ギルドの給料じゃ手が届かないし。――そう、そうだ!」
なにを思い出したのか――どうせ陸でもないことだ――リオンがスビシィッとアルトに指先を突きつけた。
「俺がギルドの金をネコババした時、お前さえ黙っていれば、俺はギルドを首にならなかったんだ! その責任を取ってこの魔剣、全部俺にプレゼントしろ!」
「はあ。誤魔化して抜き取ったお金はあるんですよね? ならそれで買えば良いじゃないですか」
「それなら、全部ギルドに取り上げられたぜ!」
ドヤァァァ、と自慢顔をして胸を張った。
決して胸を張る場所ではない。
アルトに責任転嫁しているくせに、『プレゼントしろ』と言うあたり、決して悪い人間ではないことはわかるのだが……。
アルトは少し、頭が痛くなってきた。
「そうだ、そうだよ! 許可なんていらなかったな。俺は勇者。他人の家に勝手に入っても、箪笥を勝手に開いても、壺を勝手に割っても、財産をすべて差し押さえても、勇者なら許される!!」
「んなわけないでしょ」
「あんぎゃぁぁぁぁぁ!!」
突如部屋に飛び込んだ茶色い影が、リオンを一瞬で窓の外に放り投げた。
哀れリオン。なまこがストレスで内臓を吐き出すような声を上げて、頭から真っ逆さまに落ちていった。
砂袋を持ち上げた後の土建屋みたいに、ぱんぱんと手を払ったのは少女――マギカだった。
「アルト」
「はいっ」
マギカの鋭い視線に、心拍数が跳ね上がる。
「あんな陸でなしに、付き合っちゃだめ」
「陸でなしって……」
「じゃあ、ゴミ?」
もっと酷い。
「レベル上げに使う時間が無駄になる」
「……そうだね」
その通りだ。
リオンがこの部屋に来て何十分経ったか。その時間があれば迷宮で回収してきた鉱石で、剣の2本や3本は製作できていた。
――《工作》の熟練上げが出来ていた。
ハンナを助けるために、アルトは最強に至らなくてはいけない。
そのためには、1分1秒だって無駄にはできない。
一切無駄を省いてさえ、あの壁を乗り越えられる確証はないのだから。
マギカの言う通り、時間を無駄にしてしまった。
「ゴミってどういうことだよ。さすがに酷くね?」
窓の外からひょっこり顔を覗かせたリオンは、頬をぷくぅと膨らませて文句を口にする。
「…………あの、ここ三階なんですけど?」
「どれほど高い壁――いや、建物が現れようとも、勇者にとっては乗り越える――ぎゃぁぁ待って待って! 窓締めないで! 指! 指が生き別れるうぅぅ!!」
なにやら物騒なことになりそうなのでマギカを抑える。
リオンが涙目になりながら、指先にふーふーと息を吹きかける。
「俺の指が危険で危なかったぜ。ったく、離別したら治るのに時間かかるんだぜ?」
「治るの?」
「死ななきゃ治るだろ」
「いや、治らないですよね?」
「えっ?」
「……うん?」
何かがおかしい。
リオンの口調からは治癒魔術で治せば良い、といった雰囲気が感じられない。
そもそも治癒魔術は神殿やギルドで手軽に受けられるが、お金がかかる。
手持ちがない彼では、治癒魔術など受けられるはずがない。
「治癒魔術が使えるんですか?」
「そんなものなくても癒やせるぜ?」
「んん?」
「えっ?」
再び沈黙。
やはり、前提がかみ合ってない。
「あの、なんで傷が癒えるんですか? モブ男さんは《自然治癒》――じゃない、回復力がすごく高いんですか?」
「だから、モブ男じゃない――って、あれ、言ってなかったっけ? 俺、ヴァンパイアなんだよ」
「…………はっ?」
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