第39話 ここには誰も来なかった
元ギルドの職員で、暗殺者系のスキルを獲得していて、職業が勇者。
そのリオンに、ここへ来て追加情報。
『種族:ヴァンパイア』
(こいつ……どれだけ個性(キャラ)を盛るつもりだ!?)
アルトの困惑を余所に、隣にいるマギカは一転して戦闘態勢となった。
その体からはあからさまに殺意がにじみ出ている。
「ヴァンパイア……」
「ちょ、ちょっと待って! おまえは駄目だ! ステイ、ステイ! よおし、良い子だ――って、ぎゃぁぁぁぁ!」
神経を逆なでされたマギカが、鉄拳で脳天にゲンコツを見舞った。
殺意は出ているけれど、本気は出していない。
それはリオンの実力をきちんと看破しているからだ。
噛みついてもいない弱い相手に本気を出す程、マギカの精神は貧困ではない。
「自称ヴァンパイアですか?」
「本物だよ」
うーん。アルトは顎に手を当てて考える。隙あらば、リオンを外に放り投げようとしているマギカを視線だけで止める。
ヴァンパイアは、永遠の命を持つと言われる種族だ。
闇に紛れ、人の生き血を啜り、命を弄ぶ。
多くの人間が、ヴァンパイアに対してそのようなイメージを持っている。
マギカが過剰反応しているのも、そのためだ。
しかし、リオンを見ると世間のイメージが間違っているように感じられる。
いや、彼が異端なのかもしれないが……。
「モブ男さんは――」
「だからモブ男じゃ――って、もういいや、それで。んで、何だ?」
「本当にヴァンパイアなんですか?」
「ああ。嘘だと思うならギルドの誰かに聞いてみろよ。一応、150年くらいはギルドに勤めていたから」
150年在籍。あり得ない数字だ。
在籍記録を照会すれば一発で真偽が判明する。
分かりやすい嘘は、デメリットしか生まない。
彼が『照会しろ』と口にする以上、嘘ではないのだろう。
横領をしてもギルドからの追放だけで許されたのは、150年という在籍記録があったからではないか? と推測すると、一気に腑に落ちる。
「あなたの目的はなに?」
相変わらずトゲトゲしている雰囲気のマギカが切り出した。
弛緩していた室内の雰囲気が一気にささくれ立った。
答えを間違えたら放り出されるだけではなく、命に関わる。
それを察知したのかリオンは、
「っふん。このチビのせいで、俺はギルドを追放されたんだ。寝床を借りてご飯を奢らせたって、バチは当たらねぇだろ」
生まれたての子鹿のように、膝をガクンガクンと振るわせながら挑発する。
(怯えるくらいなら挑発なんてしなきゃいいのに……)
「消える? それとも消滅(きえ)る?」
「あわわわ、お、俺を殺すと、エルメティア神が黙ってないぜ!?」
リオンは早くも最後の神頼み。
その辺のチンピラより情けない。
「そう。なら仕方ない」
「あ、引くんだ」
マギカがすっと殺気を治めた。
冷たかった瞳も、今では生暖かい。
「アルト。この人、どうにかしてあげよう」
「どうにかって言われても……」
どうすれば良いのか、さっぱり見当が付かない(特に頭)。
アルトはこめかみを指で押す。
「お願いします! 師匠!!」
「誰が師匠だ!」
「俺、迷宮でお金を稼ぎたいんだよ。大きな魔石を取って来られるくらい、強いおまえらに鍛えてもらえれば、短期間でお金が稼げるようになると思う。だから俺のために人ばし…………師匠になって欲しいんだ!」
(いま人柱って言いかけたかこの男?)
「つまり、稽古を付けて欲しいと?」
「そうだな。裏技伝授でも良いぜ」
「そんな都合の良い技なんてありませんよ」
「またまたぁ。そんなこと言って、バグかチート技があるんだろ?」
「地道な鍛錬が一番の近道です」
チート技があるなら、アルトが知りたいくらいだ。
しかし、そんな都合の良いものは存在しない。
だからアルトは、血反吐を吐くような鍛錬を毎日続けている。
「それで? これからどうするんだ?」
しっぽがあれば千切れるくらい振っていそうなリオンが、期待の籠もる視線をアルトに向けた。
しばし悩む振りをして、アルトはマギカに視線を合わせた。
アルトの意図を汲み取ったのか、マギカが小さく頷いた。
「強くなるための秘訣はまず――」
「まず……?」
ゴクリ。
リオンの喉が鳴った。
「ヴァンパイアの勇者を放り投げます」
口にした途端、マギカが素早く動きリオンを窓の外に投げ飛ばした。
今度は簡単に帰って来られないよう、かなり力を入れて遠くまで投げ飛ばされている。
「あんぎゃぁぁぁ!!」
空中でさらに加速。
「〈空気砲(エアバズーカ)〉」
「ぐえぇぇぇっ!!」
速度が上がってドップラー。
悲鳴がだんだん遠ざかる。
遅れてなにかが粉砕された音がキノトグリスの町に響き渡った。
その音と同時に、まるで夜の風と戯れた後のようにマギカが窓を施錠した。
「寝よう」
「そうだね」
いいね? ここには誰も訊ねて来なかった。
そう言うかのように、二人は無言で頷き合うのだった。
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