第40話 師匠

この度、「最強の底辺魔術士」がコミカライズされることが決定いたしました!

詳細につきましては、いずれ改めてご報告させていただきます。


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 翌朝。アルトの部屋の床には、泥だらけになったリオンが倒れていた。

 死んだように熟睡している。


 昨晩アルトは宿の各箇所に、リオンにだけ反応する〈グレイブ〉を仕掛けていた。

 全ての〈グレイブ〉は正しく機能した。


 つまり彼は、〈グレイブ〉を華麗に突破――ではなく、すべてに引っかかりながらこの部屋までたどり付いたのだ。


 当然アルトもマギカも、リオンの襲来には気付いていた。

 だが彼にはこれといった害意がないため、放っておくことにした。


 隣の部屋にいるマギカはといえば、時間が無駄に潰されると踏んだのか、朝早くから宿を抜け出していた。

 マギカにリオンをなすりつけようと画策していたアルトは、逆になすりつけられてしまった形となった。


(当面は宿で基礎熟練を上げる予定だったんだけどなあ)


 状況が変わった。

 アルトはリオンを起こさないように部屋を出て、逃げるように迷宮に降りた。


 50階を超えた辺りでアルトの警戒網が異変を察知した。


 上層からこちらに向かって大量の魔物が移動している。

 魔物の階層移動で最も可能性が高いのはスタンピートだ。

 しかし、通常スタンピードは階を上がっていく。

 階を下るスタンピードなど、耳にしたことがない。


「まさか異種?」


 アルトが気を引き締め、短剣を抜いたそのとき。

 階段から大量の魔物と、


「ひやぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 死ぬ! 死ぬぅぅぅ! ヤメロォォ! 俺の足食べるなぁぁぁ! おいしくないから、俺、おいしくないから! あ、右手が取れた。かか、返せ! 俺の右手を返せぇぇぇぇぇ!!」

「…………」


 シャドウストーカーにフルボッコにされ、餌にされかけているリオンが現れた。


 見た目はもはやゾンビだ。

 ヴァンパイアも、こうなると悲惨である。


 あまりに無惨な光景に、アルトは目を背けた。


「し、ししょー!! 助けてえぇぇぇ! 見たんだったら俺を助けてくれよぉぉ!! オ、俺の右手、取り戻してくれぇぇぇ!」


(ちっ、気づかれた)


 アルトは額に手を当ててため息を吐き出す。


 彼が手にした武器はアルト製の長剣だった。

 一撃振るう前に折れる魔剣(既に折れている)が携えられ、右手がなく、左足がいままさに食いちぎられようとしている。


(……よくここまで持ったなあ)


 呆れるよりも、感心する。

 さすがに目の前で死なれるのは夢見が悪い。

 アルトは素早く攻撃を開始。


「〈ファイアボール〉〈ファイアランス〉〈アイスニードル〉〈ロックバレット〉〈ウインドカッター〉〈エアバズーカ〉」

「ぎゃぁぁぁぁあ!!」


 アルトが放った魔術が、一斉にリオンの脇にいる魔物に炸裂した。

 リオンの体をガジガジかじっていた魔物が一瞬で消し飛ぶ。

 多少魔術の余波がリオンを襲ったが、かじられるよりもマシである。


「ちょっと師匠、いま魔術が俺に当たったよな!?」

「気のせいだと思いますよ」

「いや、気のせいじゃないから。ここ、焦げてるから! ほらここ!!」


 抗議の声を上げるリオンを無視し、アルトはさらに魔術を放つ。


「ぎゃぁぁぁぁ!!」


 十匹、二十匹。

 倒しながら、リオンから魔物を追いやっていく。


「ぐえぇぇぇ!!」


 三十匹、四十匹。


「あんぎゃぁぁぁあ!」


 五十匹、六十匹を超えたあたりで、ようやく終わりが見えてきた。


 もし出会ったのがアルトではなく他の冒険者であったなら、確実になすりつけ事案である。

 迷宮探索において重罪の一つだが、摘発される可能性は低い。訴えを起こす人間の生存率が低いためだ。


 さておき、魔物は全部で100匹を超えていた。


 すべてを倒し終え、アルトは額に浮かんだ汗を拭いながらリオンに近寄った。

 本当なら近寄りたくなかった。けれど彼は怪我をしている。

 一応様子を見ておこうと思った……のだが、


「もう治ってるし……」


 引きちぎられた右手も、食われ掛けた左足も、ほとんどが修復されていた。

 唯一戻っていないのはアルトの魔剣のみだ。


「へえ。ヴァンパイアって、欠損も修復するんだ」

「運良く右手が見つかったんだよ」

「あ、そう」


 右手が見つかったから治った。

 言葉は分かるが、ちょっと意味が分からない。


 アルトは彼に、色々と聞きたいことや言いたいことがある。

 あるのだがまずは、


「なんでここに来たんですか?」

「師匠がいると思って」

「誰が師匠ですか」

「おまえだよ」

「師匠に対してお前って物言いはどうなの?」


 そもそも、何故師匠扱いされているのかわからない。

 アルトは頭を抱えたくなった。


「よくあの魔物の群れに囲まれて死にませんでしたね」

「だって俺、勇者だし!」


 勇者は関係ない。


「いくら勇者でも、自分の戦闘能力以上の敵が現れれば死にます」

「そこは勇者の秘められた力が覚醒して――」

「しましたか? 覚醒」

「…………ほら、俺ってヴァンパイアだろ? だから大丈夫なんだよ!」

「ヴァンパイアでも死ぬまで殺せば死ぬでしょうに」

「苦痛耐性、牙耐性、斬撃耐性、あと刺突耐性、爪耐性、殴打耐性、……んー他に熟練度がカンストしてるのは――」

「……もう良いです」


 聞いているだけで頭が痛くなる。

 彼はいままで、ろくに魔物が倒せなかったに違いない。


(襲われるがまま襲われて、それがきっかけで耐性スキルを取得。延々と攻撃され続けたせいで、熟練度が上限まで上がったと……ん、あれっ?)


 アルトは妙な点に気がついた。

 通常、この世界にはスキルを確認する術はない。

 アルトがスキルを確認出来るのは、天賦の固有スキルであるスキルボードがあるからだ。


「もしかしてモブ男さんって、自分のスキルが確認出来るんですか?」

「もちのろんだ!」


 リオンはスキルボードを持っていた。

 アルトはこのスキルを、唯一無二だと思っていたため、内心非常に驚いた。


「もしかして、師匠もスキルボードを持ってるのか?」

「え、ええ。まあ、そうですね」

「おおっ! まさか師匠も持ってるとは。これは運命だな! 俺たちは深い絆で結ばれてると言ってもいいんじゃないか!?」

「絆というより呪いに近いですね」


 アルトはうんざりしてため息を吐いた。


「それで、モブ男さんは稽古を付けて貰うために、僕を追って来たんですか?」

「そうだな」

「ここに来て、なにをするんですか? モブ男さんはなにも出来ませんよ、きっと」

「お、俺だって、戦えるぜ!?」


 嘘だ。声が震えている。


「ところで師匠、そこに落ちてる魔石は貰っても――あ! 俺の魔石がっ!!」


 魔石を拾い集めようとしていたリオンの手元から、ルゥが魔石を奪っていく。

『お前の魔石ねーから!』とでも言うように、ルゥは高速移動を繰り返し、あっという間に魔石を回収し終えた。


「エライエライ」


 手元に戻って来たルゥを、アルトは優しく撫でる。


「うぐぐ……俺の魔石が」

「いや、モブ男さんのじゃないですから」

「戦闘に携わった俺にも分け前はあって良いはずだぜ」

「あなた、何もしてませんよね?」

「おおおお、俺だって攻撃したんだぜ!?」

「僕の目には餌を与えているようにしか見えませんでしたけど」

「ま、まだ全部は食べられてなかったし! セーフだセーフ!」


 一部は食べられたと……。


「……なあ、どうしても駄目か?」

「何がですか?」

「俺も戦えるようになりたいんだよ」

「上の階で戦えばいいじゃないですか」

「それじゃあ強くなれないだろ!」


 あっさりしたアルトの言葉とは裏腹に、リオンの言葉は重かった。

 それはリオンの思いか、それともアルトの琴線に引っかかったから、重たく聞こえたのか……。


「俺は、強くならなきゃいけないんだ。もっともっと強くなって、戦えるようにならなきゃいけないんだよ」

「モブ男さん」


 アルトには、彼に構っている余裕はない。

 今だって、レベルや熟練を上げる時間が無為に失われているのだ。


 強くならなきゃいけないのは、アルトも同じだ。

 強くなって、6年半後に王都を目指す。

 その頃までにアルトは、ユーフォニア12将に等しい力を備えていなければいけないのだ。

 誰かに構っている余裕は微塵もない。


 だが、彼の言葉はアルトの胸に深く突き刺さった。


(まるであの時の、僕みたいだ……)


「………………わかりました。じゃあ、強くなりましょう」


 時間を掛けて、ため息を吐き出すようにアルトは言った。

 途端に、リオンの目に輝きが戻って来る。


 きらきらとした汚れのない瞳に、アルトの顔が若干引き攣った。

 まるで小魚を狙っていたら、大蛇が食いついたような気分だ。


「よろしくお願いします! 師匠!!」


 けれど彼の姿が在りし日のハンナのようで、思わずアルトは笑ってしまった。

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