第36話 後日談
あの後、ガミジンはキノトグリスに滞在せず、すぐに馬車を走らせ王都方面へと去って行った。
「次に会う時は、戦場で……」
ガミジンの馬車に向けて、アルトは血を吐くように呟いた。
悪魔の討伐について、冒険者ギルドやキノトグリス領主からマギカに、表彰を行いたいとの申し入れがあった。
街を救った功績に見合う謝礼も付けるとのことだった。
しかし、それをマギカは断った。
「アルトも一緒じゃないのはおかしい」というのが彼女の弁である。
しかし、いくらアルトが戦ったとはいえ、体は動かしていない。
目撃者たる多くの住民も、マギカが戦う姿しか見ていない。
これではギルドも街も、アルトの功績は認められない。
低級でも一体で街が滅ぶ。そんな悪魔が現われたのに、僅かな被害で済んだ。
すべてはマギカが、悪魔と戦い討ち取ったおかげである。
ここで感謝の意を示さなければ沽券に関わる。
手を変え品を変え、ギルドと街の使者はマギカに接触し続けた。
だが、マギカは決して首を縦に振らなかった。
使者の側も、マギカの望みを吞むことはなかった。
それもそのはず。アルトの素性を調べれば、すぐにどういう人物かが判る。
存在力☆1。劣等者(れっとうもの)だ。
『☆1は、所詮☆1』
『悪魔に立ち向かえるはずがないじゃないか』
両者の溝は一向に埋まることはなかった。
しつこいほどマギカの下を訪れていた使者が、ある時を境にピタリと現われなくなった。
同時期に、〝翠山亭〟が大規模な修繕工事を行った。
(一体なにがあったのやら……)
1ヶ月は、『悪魔討伐の栗鼠姫マギカ』という噂が、街中を騒がせた。
しかし一年も経つと(マギカが表に出ないせいもあるだろう)、ほとんど話題に上がることはなくなっていた。
時は徐々に、アルトが初めてキノトグリスに訪れた時期へと近づいていく。
□ □ □ □ □ ■ □ □ □ □ □
東通りには冒険者御用達のお店が並んでいるため、夜は狩りを終えた冒険者がごったがえしている。
ギルドだけでなく、通り沿いの立ち飲み露店で一杯ひっかける冒険者も少なくない。
酒が入るため、顔の知らない者同士でも隣にいればいつの間にか意気投合し肩を組む。良い雰囲気のまま仮パーティを組み迷宮に突入。意気投合して本パーティを組む。
そういうことがままあるため、この東通りはパーティ探しの聖地になっている。
大きな武具店を通り過ぎ、繁盛している立ち飲み居酒屋の出店にさしかかったとき、アルトの目の端が、暗がりで動くものを捉えた。
「ん?」
《危機察知》が働かないため、アルトは身構えること泣く暗がりに目を凝らした。
『PT加入希望。拾ってください』
そんな文字が書かれた看板を首に掛けた赤毛の青年が、出店の横で膝を抱えて座っていた。
その姿を見て、アルトの思考が停止した。
(……一体、なにをやっているんだ?)
パチン。
アルトと青年、視線が交わった。
青年の瞳が、みるみるパァァッ! と煌めき出した。
(やばい!)
(やばいやばい!)
背筋に走った悪寒に従い、アルトは脱兎のごとく逃げ出した。
逃げ出すと同時に、背後から「なんでだよ!」と聞こえてきた。
(聞こえない)
(僕はなにも聞いていない!)
冒険者観察も忘れて、アルトは翠山亭の自分の部屋まで戻って来た。
ドアノブを手で握りしめ、扉が開かぬよう背中を預ける。
「ふぅ……」
扉の向こうから誰かが追って来る気配がない。
アルトはゆっくりと安堵のため息を吐いた。
頭を上げて窓を見ると、
「なんで逃げるんだよ!?」
「うわぁぁぁぁ!!」
窓に赤毛の青年が、壁に投げつけたガマガエルのように張り付いていた。
律儀にもあの『拾って』プレートはまだ首から提げている。
このままでは侵入されてしまう。
窓に急ぐが、アルトが対処する前に、青年が窓を開けた。
「えっ、ちょっ、鍵かかってたんですけど!?」
「鍵くらい、俺にかかれば造作もないわ!」
「いや、それ、胸を張らないでくださいよ。…………ええと」
その青年は、過去にアルトの部屋に侵入して撃退され、そのすぐ後にギルドのお金を横領して扉の向こう――豚箱へと消えていった。
(………………あれ、そういえばこの人の名前、知らないな)
「なんでモブ男さんが僕に付いてくるんですか?」
「誰だよモブ男って! 俺の名前はリオンだよ、リ・オ・ン!」
「で、思いっきり不法侵入してるんですけど?」
「それくらいで目くじら立てるなよ。身長以外も小さい男だと思われるぜ?」
「……また、ここから飛ばされたいですか?」
「ちょちょちょ、ちょっとタンマ! あれはマジで無しだから!」
「はあ。それで? ギルドで不正を働いて、監獄生活をしていたのでは?」
「勇者の俺が監獄生活なんてするはずないだろ! ギルドを首になっただけだぜ!」
「首になっただけって……」
胸張って言うことじゃない。
「それで? 一体なにしに来たんですか」
「ええと、まあ、端的に言うと、いま俺、無一文なんだ」
ぱちぱち。
リオンが上目遣いで瞬きをする。
(うわぁ、ウザイ)
「お金は一切貸しません」
「へっ。金を貸せなんて、しょぼい事はいわねぇよ」
威張るように、ふふん、とリオンが鼻を鳴らした。
「アルト。俺とパーティを組んで、一緒に迷宮に潜ろうぜ!」
彼は自信たっぷりに、そう宣ったのだった。
――運命の日まで、あと6年。
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