最強の底辺魔術士【WEB版】

萩鵜アキ

一部 プロローグ

第1話 プロローグ1

新連載です。

本日はあと3話投稿します。

どうぞ宜しくお願いします。



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『――助けて』


 ぎりぎりのところで繋がった四肢。

 地面にたまった黒い血液。

 燃え上がる邸宅に浮かび上がっているのは――恋人の無残な姿だった。


 魔術で切り刻まれた少女の顔から、みるみる生気が失われていく。


『たす、けて……』


 その少女――ハンナが目で懇願する。

 しかしアルトは応えられなかった。


 頭は動けと叫んでいるのに、体はちっとも動かないのだ。


 体が動かないのは、怪我をしたからではない。

 ハンナを魔術で攻撃した黒衣の魔術師に近づいた、ただそれだけで、まるで麻痺毒を受けたかのようにアルトの体は自由を失った。


 歯を食いしばり、必死に力を込めるけれど、体は決して言うことを聞かない。

 この大地で生まれた瞬間から、そうなるように仕組まれていたのだ。


 それは世界の法則。

 存在の格差から生じる――《魔法(ぜつぼう)》だ。


 フォルテルニアに存在する全ての生物には、神から存在力が与えられる。

 その力の強さに差がありすぎる敵に出会った場合、身動きひとつとれなくなってしまうのだ。


 ――このように。


 胸に渦巻く激情を、気が狂うほどまで高めても、怒りで真っ白になった視界にさらに星が飛んで意識さえ切り離されそうになるだけで、アルトの体はまったく動かない。


(なんで……)

(なんで動かないんだ!!)


(ハンナを助けるんだ)

(大切な友達なんだ)

(唯一ボクを認めてくれた親友なんだ)

(失いたくないんだ!)


(だから動け!)


(動けよ!)

(動けって!!)


 どれほど感情を高ぶらせても、アルトの体はぴくりとも反応しない。声すら出ない。


 アルトの頬から、1筋の涙が流れ落ちた。

 出来ることは、ただそれだけだった。


 黒衣の魔術師がハンナの胸に手をかざす。

 恐るべきマナを持って魔術を打ち込んだ。

 その瞬間を、親友が死ぬ様を、

 アルトは黙って見ることしか出来なかった。


 アルトはその日、ハンナを見殺しにした。



  □ □ □ □ □ ■ □ □ □ □ □



 恋人を失ってから55年が経った。


 世界中ありとあらゆる地域、ダンジョンを巡ったアルトは、ついぞ恋人を蘇生する術を見つけられずにこの世を去った。


 ――去った、はずだった。


 永遠の眠りについたアルトは現在、見覚えのない場所に立っていた。


 低い丘の上に用意された白いテーブルと2対の椅子。丘から離れた場所には霧が立ちこめていて、その向こう側がよく見えない。


 初めて見る光景だ。

 しかしどこか懐かしさを感じる。


「いらっしゃい、アルト」


 テーブルを挟んだ向こう側の椅子に、白い靄が浮かんでいた。

 アルトの名を呼んだのは、間違いなく霞である。


 どう反応すれば良いものかとしばし悩んだアルトは、


「…………お久しぶりです」


 思いも寄らない言葉が口を突き、酷く困惑した。


 アルトには、このような霞と言葉を交わした経験がない。にも拘わらず、どこか懐かしさを感じる。


 きっと、魂が覚えているのだ。

 七十年前に、フォルテルニアへと降り立つその前の出来事を、魂だけは覚えていたのだ。


「お疲れ様。フォルテルニアでの生活はどうだった?」

「……っ」


 尋ねられるも、言葉が出て来ない。

 アルトの脳裡には、自分が愛した女性の最期が、今もまだはっきりと残っていた。


「ずいぶんと魂がすり減っているね。キミは……苦労したんだね」


 この言葉で、涙が溢れそうになった。

 けれど、アルトにはもう肉体はない。

 魂だけなのだから、泣いても涙は出ないのだ。


「どうかな? このまま、魂の休暇に入ろうか?」


 どれほど探しても、ハンナを蘇生するための《魔法》は見つからなかった。

 当然だ。死者の蘇生は神の法に反している。いくら伝説級のアイテムであろうとも、死者の蘇生は叶わない。


 それでも、アルトは最期まで足掻いた。

 最期まで、決して諦めなかった。


『蘇生に似たアイテムはあったんだ。だからきっと……!』


 しかし、無駄な足掻きだった。


 最期まで希望を捨てずにいた分だけ、絶望は深かった。


 アルトはもう、くたくただった。

 だから、魂の休暇なんてわけのわからない神の提案も良いかもしれないな、という気がしてくる。


 けれど――。


「それじゃあ、魂の保養地へ――」

「待ってください」


 アルトが次に口にした言葉には、並々ならぬ強い意志が籠もっていた。


「もう一度、やり直したいです」

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