第163話 恩人との別れ
劣等人の魔剣使い 小説4巻
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槌を振るうダグラを意識すると、アルトは無性に胸ぐらをまさぐられるような感覚に襲われた。
まだまだ、ダグラには手が届かない。
身長がダグラを超えても、最高の短剣を作っても、きっといまのアルトにダグラは超えられない。
常に言葉数が少なく、家でもほとんど話さない。
アルトが一番多く聞いた台詞は、リベットに殴られたときの「ごめんよカーチャン」である。
ギルド長という立場であるにも拘わらず、一切ギルド長らしい仕事はせず、作業員に混じって趣味に没頭し、酒場で酒を良いだけ飲んでリベットに殴られる。
ダグラは良いところよりも、情けない部分の目立つ人だった。
けれど、それでもアルトはダグラには敵わないと思えた。
どれほど強い思いがあろうと決して口にしない。
リベットに殴られても蔑ろにされても、愛情は決して揺るがない。
そう在れるのは、ダグラが真に強いからだ。
世の中には、そういう強さもあるのだ。
そんな強さがあると、ダグラが教えてくれた。
土置き、焼き入れ、鍛冶押し……。
すべての作業が終わったのは、鍛剣を初めてからまる1日経った頃だった。
仕上がった短剣は、それまで出来上がっていた武具のどれよりも赤く色づいていた。
手で触れると、少し暖かい。握ってみると、まるで吸い付くような感触が手の平に伝わる。
ここまで持っている感覚がない武器は初めてだ。
まるで自分の体の一部になったかのようだった。
それまで見た武器のどれよりも品質が高い。
短剣は最高品質――Aを超える、Sに違いない。
「……品質はS、か。さすがはドラゴンの牙だな」
ダグラはそう言うが、これは間違いなく彼が思いを込めたから。彼の強い魂が籠もったから、最高の頂にたどり着いたのだ。
そこにダグラがどんな思いを籠めたかは、アルトにはわからない。どれほど強い思いであれば、Sランクにたどり付くのか想像さえできない。
いつか、判るときが来るだろうか?
いつか超えられるときが、来るだろうか?
「もう朝じゃねぇかよ! カーチャンに怒られる!!」
(僕も、こうなるのだろうか?)
(……いや、あまり目指したくはないかな)
いつもの弱い状態に戻ったダグラを見て、アルトは苦笑するのだった。
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リベットはダグラとともにアルトを見送る。
家の外には既にリオンとシトリーがアルトを待っていた。
「体には気をつけるんだよ」
「はい」
「……」
2人を背にして、アルトは小さく頷いた。
リベットはいくつか言葉をかけるが、ダグラはなにひとつ口にしようとはしない。
(この際なんだから、なんか言ってやりなよ!)
脇腹を肘で小突くけど、ダグラはここでなにか言えるようなドワーフではない。
もうすぐ別れの日が来るだろうことを、リベットは薄々感づいてはいた。
確信を抱いたのは、あの2人が現れたときだ。
きっとダグラも気づいていたはずだ。
おそらく彼は彼なりに、アルトに言葉ではないなにかを伝えたはずである。
ダグラとは、そういう男で、そこにリベットは惹かれたのだ。
「いままで、本当にありがとうございました」
「よしてくれよ。これも縁だ。また、なにかあったら家に寄っておくれよ? あんたはもう、うちの子どもだ」
「はい……」
リベットを見つめるアルトの目には、強い光が宿っていた。
男が大きな壁に挑むときの目だ。
(まったく。子どもだと思っていたけれど、すっかり男だねぇ……)
「帝国に来ることがあれば、必ずこちらに立ち寄ります」
「ああ、そうしとくれ」
「……そうだ。もしこの家に栗鼠族のマギカっていう女性がやってきたら、僕らは西に向かったと伝えてください」
「わかった。覚えとくよ」
「それでは義父さん、義母さん。お元気で……」
とうさん、かあさん。
彼がそう口にするのは初めてのことだった。
その言葉に、リベットはこらえきれずに涙を流した。
ダグラも驚いたように目を見開き、自分の前髪をわしわしと掻きむしった。
「……さっさと行け」
「あきれたねぇ。最後に口にすることがそれかい!?」
「ほっとけい」
リベットはダグラの後頭部を殴ってやりたかったが、ダグラは別れの悲しみをごまかしているだけだ。今日くらいは多めに見てやろう。
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